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6話

 加賀美さんの字が途轍もなく汚かったことが発覚した事件から数時間後、わたしはギターの入ったギターケースを背負い、軽音部の活動場所である多目的室へとやってきた。


 昨日は派手派手バンドウーマンに絡まれて変なことをされて、驚きのあまりに逃げ出してしまったが、今日は逃げずにギターを教えてくれる人を見つけ出すぞ。


 多目的室の中に入ると、沢山の人がギターを持って練習しているのが見える。三年生は勿論のこと、同じ一年生の中にも、少なくともわたしよりも100倍以上は上手い人が楽しそうにギターを弾いていた。


 わたしもギターを買ってからかなりの時間をギターの練習に費やしてきたのに……いや、わたしもギターを買ってそんなに時間は経ってない訳で、この人達はきっと昔から弾いてた人の筈だ。だからあんまり落ち込まないようにしないと。


「まだ始めて一週間も経ってないのに、なんでそんなに弾けるんだよ〜」


 そんな声が聞こえてきたけど、一旦無視することにした。才能が怖い。若き芽を潰そうとする年配の人の気持ちが分かった気がする。まぁ始めた時期的には同期だけども。


 よし、早くわたしも先生を見つけて教えを乞わなければ……って、ちょっと待って。どうやって教えてもらえばいいんだ?そもそもどうやって話しかければいいんだ?


 これ、もしかして詰んでる?

 

「よかった今日も来てくれて〜」

「ぶ、ぶぶ部長!?」


 才能の差に恐怖していると、安立部長がいきなり目の前に飛び込んできて話しかけてきた。

 

「そう、私こそが安立部長だよ」

「わ、わたしに何か用ですか?」

「昨日走って帰ってっちゃったでしょ?軽音部に興味無くしちゃったのかなって思ってさ。でも今日来てくれて嬉しいよ〜」

「は、はぁ。そ、そうだったんですか」


 良い人だぁ。

 

「楽器はギター?」


 部長はわたしの背負っているギターケースを一目見てから聞いてきた。

 

「は、はい。へ、下手くそですけど」

「やっぱりそっか。私もギターだから、これからもよろしくね」


 そっか、そういえば部長もギターだったんだ。歌に意識が向いていてあんまり印象に無かったな。そうだ、部長にギターを教えて貰えば良いんじゃないか?良い人だし、優しそうだし、ちゃんとギター弾けるし。あと断られなさそうだし。

 

「あ、あの。す、少しいいですか?」

「ん?いいけど、どうしたの?」

「わ、わわわわわたしギ、ギターについて自分なりに調べて練習してたんですけど、あんまり上手くならなくて……」

「うん」


 吃りまくるわたしの言葉を、優しい微笑みによって包み込みながらまじめに聞いてくれる部長。なんて優しい人なんだ。

 

「そ、そそそれで安立部長に教えてもらえないかなって」

「なるほど、うーん私的には全然良いんだけど〜、1人教え方が上手くて時間がある子がいるから、その子にお願いしてみて?」

「え、ええ」


 まさかのお断り……

 

「ほら、あの隅っこにいる金髪の子」


 そう言って部長が指を刺した方向を見ると、そこには鋭い目つきをした金髪ロングヘアーのヤンキーが一人でギターを弾いていた。

 

「ヤ、ヤンキー……」


 しかも孤高なタイプのヤンキーだ。

 

「一応ヤンキーじゃないんだけど、ちょっと男勝りというか口が悪かったりするね」

「え、えぇ!?」


 口が悪いって、果たしてそんな人に無事に教えてもらえるのだろうか。失礼なことしたら殴られるとかない?

 

「それじゃあギターの練習、頑張ってね。ファイト!」


 部長はわたしの両手を、両手で包み込むように握りながら肩を落としたわたしを元気づけてから離れていく。


 うそっ。

 ここで放流されちゃうの!?

 陰キャでコミュ障なわたしを!?

 まじか……


 どうしよう、帰っちゃダメかな。もう帰っちゃおうかな。

 そんな考えが頭によぎるが、ぶんぶんと首を振ってそんな考えを取っ払う。ここで帰るなんて有り得ない。わたしはギターを弾けるようになる為にここに来たんだ。


 いなくなるとしたらギターが弾けるようになってから。


 早速、金髪ヤンキー先輩に話しかけようと近づいたら、彼女のギターからとても力強くカッコいい音色が聞こえてきた。ギターを買った当初のわたしだったら分からなかったと思うけど、ある程度触って勉強した今なら分かる。この人、すごく上手い。


 どうしよう、話しかけようかな。

 でも今ギター弾いてるし、普通に話しかけるのは迷惑かも。でもこのままずっとギター弾いてたら話しかけるタイミングなんて無くなっちゃうだろうし。


 とりあえずあとちょっと、この音を聞いていよう。

 あっ、このメロディーは新入生歓迎会で部長達が演奏してた曲だ!


「おいお前」


 いやぁ、この曲は最近の流行りらしいし、それも弾けるなんて凄いなぁ。


「おい、聞いてんのか?」

「ひゃ、ひゃい!?な、なななんでしょうか」

「お、おう。話しかけといてなんだが、大丈夫か?」

「だ、大丈夫です。す、すすすすいません」

「なんかあたしのこと見てたみたいだからよ。何か用か?」

「……は、はい」

「何の用だ?」

「あ、あの、わたしギターを最近始めたばっかで、ううう上手くなりたくてですね。ぶ、部長に相談したら先輩を紹介されたんです」

「チッ。余計なことを……」


 わたしが言い終わると、舌打ちが聞こえてきた。

 これはかなり面倒くさがってる感じがする。このままだと断られちゃう。何とかしないと…

 

「お、お願いです!わ、わたしにギターを教えて下さい!」

「それはあたしじゃなきゃダメなのか?」


 怪訝な表情でわたしを見る先輩に、どきりと心臓が大きく脈打つ。ここは本当のことを曝け出そう。

 

「ほ、本当は部長にお願いしたかったんですけど、さっきの先輩のギターの音を聴いて、先輩じゃなきゃ嫌ってなりました」

「申し訳ないが他を当たってくれ。そういうの苦手なんだよ」


 苦手?

 部長は教えるのが上手いって……

 なるほど。恐らくなんとか理由をつけて断ろうとしてるのだろう。

 

「い、嫌です。お願いします先輩。わたしにギターを教えてください」

「はぁ……分かったよ」

「ほ、ほほ本当ですか!?」


 ため息を吐きながらで、渋々といった形の了承ではあったものの、ギターを教えてもらえることが決定して、わたしの喜びの色が言葉に宿ってしまう。

 

「あぁ。だが条件がある」

「じょ、条件…ですか?」


 条件って一体なんなんだろう。

 わたしみたいな陰キャのボッチに出来ることなんて、内臓を売るくらいしか無いと思うんだけど……まさか、内臓を売ってこいという無茶な条件を出して、強制的に断るとか?

 

「あたしのパシリになれ」

「了解です!ありがとうございました!!」


 そんなことなかった。

 優しい人で良かったぁ。

 

「うん?あぁ、うん」


 先輩に動揺した様子が見受けられるが、一体どうしてだろうか。

 

「じゃあ今日は廊下でも掃除しとけ」

「は、はいっ。わ、分かりました!!」

 

 わたしは出来るだけ元気よく返事をし、掃除道具ロッカーから掃除道具を取り出して廊下へと繰り出した。

 わたしみたいな人間が、ただパシられるだけでギターを教えてもらえるなんて、そんな良い条件は無い。

 

「せ、先輩!廊下ピカピカにしてきたので、ギターを教えて……あ、あれ?」


 掃除を終わらせて意気揚々と多目的室へと戻ってきたが、何故かわたしを待っている人はいなかった。

 

「鵜飼さんなら帰っちゃったよ」

「う、鵜飼さん?」


 近くにいた別の先輩に、聴いたことのない名前の人が帰ったことを教えられた。

 

「ほら、さっき君が話してた子だよ。鵜飼(うかい)蓮王那(れおな)。それがあの子の名前。ちなみにクラスは2のAね」

「そ、そうでしたか。鵜飼先輩……」


 なるほど、パシリの道も険しいという訳か。


 それなら徹底的にやってやる。

 パシリの道のその先にある弾き語りを目指して!!

 待っていろ鵜飼蓮王那ァ!!

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