5話
黒板にチョークを叩く音と呪文のような先生の言葉が支配し、心なしかいつもよりも時計の針が進む速度が遅くなっているような気がする教室の中で、わたしは意味もなくシャーペンをくるくると回していた。
ぼーっと何も考えずに、数分間シャーペンをくるくると回した所で、ふととあることを思いついた。それは、授業中という退屈な時間を潰せて、なおかつ意味のあること。そして先を見据えてやらなければいけないことだ。
すなわち、弾き語りで歌う曲の作詞である。
わたしが弾き語りをする曲は、絶対に他人が作った曲ではダメだと決めている。わたしの言葉で、わたしの曲で、わたしの声で気持ちを伝えたいからだ。全てが素人のわたしだが、それすら実現できないのであればわたしなんかが弾き語りなんてやる意味が無いだろう。
とりあえず考えていこうと思うのだが、まずはテーマから決めていこうかな。
テーマ……テーマかぁ。
いざ考えてみると作詞って難しいんだなぁ。何も思いつかないわ。さて、どうしたものか。
テーマすらも思いつかない中、わたしはなんとなく中途半端に板書してあるノートの文字に視線を向けた。そういえば昨日、派手派手バンドウーマンに字が綺麗って褒められたなぁ。自分でも他人と比較して字が綺麗だとは思っていたけど、今までそんなこと褒めてくれる人なんていなかった。
テーマは字が綺麗なこと?
それだと限定的だから、少し遠回りしてっと……
《自分の中にある誇れるもの》
ノートの隅っこに書いてみたテーマを見て、わたしは1人で頷いた。
「……それじゃあこの問題を、小林さんお願いします」
!?
何故か先生にわたしが当てられ、黒板に書かれている問題を見る。よく分からない式が沢山並べられていて、話を全く聞いていなかったから答えなんて全然分からない。やばいどうしよう。
「小林さん?」
ガタガタと体を震わせていると、先生から心配するような声色で名前を呼ばれてしまう。
「ひゃ、ひゃい」
慌てて返事をしたら声が裏返ってしまい、くすくすとした声がどこからか聞こえてきた。
あー、死にたい。
お願いだから殺してください。
答えも分からないし、どうしよう。
ここは素直に分からないと言ってしまうか、適当に答えて間違えるかの2択だ。
「黒板には式も書いて下さいね」
追撃のように付け加えられる言葉に冷や汗がでてくる。まさかの黒板に書く系だったなんて。クラスメイト達の視線がわたしに集まっているのを感じる。
やばいやばい、どうしよう。
「彩奈さん、良かったらわたしのノート使って」
わたしがゆっくりと黒板の方へ歩き出したその時、前の席の加賀美さんが小さな声でそう言って自分のノートを渡してきた。
加賀美さん、本当にいつもいつもありがとうございます。思えば、困った時はずっとあなたに助けられてばっかりですね。いつかご飯でも奢りたいくらいの気持ちです。
「あ、ありがとうございます」
わたしは渡されたノートを持って、改めて黒板に向かって歩き始めた。加賀美さんのノートさえあれば、この危機的状況を脱することができる。
黒板の前に立ったわたしは、クラスメイト達に背を向けてノートを開いた。そして絶望した。
それは何故か。
答えは単純、字が汚すぎて何が書いてあるのかが分からなかったのだ。
その後は、当然の如く的外れな途中式と答えを書き、当然の如くバツをつけられて、向けられる数々の視線から目を背けるように下を向きながら自分の席へと戻ったのだった。
「か、加賀美さん。あ、ありがとう」
「……なんかごめんね」
加賀美さんは、悲しい目をしていた。