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9話

 帰りのホームルームが終わり、静かだった学校に活気が溢れ出す。これから部活がある人は部活に行き、ない人はそのまま帰るか、友達とどこかへ遊びに行くのだろう。わたしもそれは例外ではなく、部活がある人としてギターケースを背負いながら多目的室へと向かうのだった。


 「あっ……あの問題集机の中に入れたままだ」


 そしてとある事を思い出す。

 それは今日の課題である問題集が机の中に入れっぱなしになっているということ。それが無いと課題なんて出来なくなってしまう。数学は次の授業でわたしが当たることになってるから、課題はマストでやらなければならない。


 わたしは今歩いている道を180°方向転換して、教室へと引き返した。


 課題なんて出してくるな。と思わないでもないけど、わたしみたいな生徒がいるから課題があるんだという結論に辿り着いてからは、そう思う事を辞めてしまった。


 なんだか自己嫌悪に陥りそうだったからだ。


 自分のクラスである1-Aの教室に着くと、中から女子達の声が聞こえてくる。わたしのような陰キャコミュ障女界隈では、こういう状況は教室の中へと入らずに彼女らが出ていくのを待つというのが定石となっている。


 でもこういう時に何も気にせず中に入れる人になりたいとは思ってるというのは一応言っておくけどね。向上心がない訳じゃないんだからね。


「ってかさぁ……あの、誰だっけ。1番後ろの席のキモイやつ」


 教室の中きらふと聞こえてきた話の中のキモイやつの正体がわたしのことであるということを理解したのは、聞こえてきてからほんの数瞬のことだった。


 うん、まぁ分かってたことだけど、こうして陰で言われてるのを聞いちゃうと傷つくなぁ。小学生の頃から言われ続けてた言葉なはずなのに、どうしてこんなに痛いんだろう。


「あー、あの髪の毛ボサボサで吃りまくってる子?」


 ……うん。髪の毛ボサボサで吃りまくってる子のことです。

 

「そんな子いたっけ?」


 髪の毛ボサボサで吃りまくってる子のことを忘れないであげてください。

 

「あんたの切れ味1番鋭いって、マジウケる」

「で?その子がどうしたのさ」

「この前加賀美さんに話しかけられた時、なんか嬉しそうにニヤニヤしててキモかったんだよね」


 ……うん。

 自分ではニヤニヤしてたつもりは無かったんですけどね。あーそっかぁ、話しかけられてニヤニヤしてたんだわたし。うん、キモイね

 

「あー、それわたしも見た気がする。加賀美さんがどっかに連れ出した奴でしょ?」


 あちゃー、見られちゃってましたか。

 これからはあんまり見ないでもらえると助かります。

 

「そうそう、加賀美さんも良くやるよね。うちだったらあんなキモイ女、絶対話しかけたくないわ」

「それな〜」


 それな。

 わたしもそう思ってるよ。

 本当になんでこんなキモイ女に話しかけてるんだろう。


「あと毎日学校にギター持ってきてるのもキモイ」

「チヤホヤされたいんだなって透けて見えるよね〜」


 グッ……別にチヤホヤされたいからギターを持ってきてる訳じゃないけど、いざ言われるとなんだか陰キャが頑張ってます!みたいな感じがして、鉛玉を撃たれたかのような精神的な痛みを感じてしまう。


 もうこれ以上自分の陰口を聞きたくないと思い、わたしは仕方なく問題集を諦めて教室から離れた。今日の課題には残念ながら犠牲になってもらうとしよう。


 

 喧騒に包まれていたはずの廊下は、いつの間にか静寂に包まれている。


「はぁ…」


 誰もいない廊下を歩きながら、わたしはため息を1つ吐いた。


 わたしはコミュ障で陰キャで、何か喋る度に吃るし髪の毛はボサボサなキモイ女だ。それは自覚してる。でも、自分で自覚しているからと言って、傷つかないわけではない。


 悪口なんて今までの人生で数えきれないほど言われ続けてきた。だけどそこに慣れなんて存在せず、毎回言われる度に同じ位傷ついている。


 だからわたしは……


 多目的室に向かって廊下を歩くわたしの耳に微かに入ってきたのは、ギターの音色だった。


 だからわたしは……


 そうだ、弾き語りをしよう。

 それがわたし。

 わたしが憧れた、()だ。



 わたしの通う東京都立音彩(ねいろ)高等学校では

、公立高校では珍しく、屋上が解放されているタイプの高校だった。高いフェンスが張られているため、屋上から落ちてしまう心配がないからだとわたしは推測しているが、本当のところは分からない。


 涼風がわたしのスカートを揺らす。

 下を見ると、桜の花びらが綺麗に舞っているのが見える。わたしは背負っていたギターケースをベンチに下ろし、ギターを取り出す。そしてギターケースをフェンスに立て掛けて、ベンチに座りながらギターのチューニングを始める。


 今から歌うのは、授業中にちまちま描き続けていた歌だ。作詞だけして作曲をしていない未完成な曲ではあるが、誰かに披露しようとしていない自分の為だけの歌なのだから、気にしなくて良いだろう。


 意味の無いチューニングが終わり、深い息を吐き、深く空気を吸う。

 

 曲名は……そう。

 

【たったひとつだけの誇れるもの】

 

 わたしは適当にギターを弾いて、下手くそな前奏を奏でる。

 まずはAパートからだ。

 

『明日世界が変わるかもって、根拠のない思い込みをしていた。変わろうとしないくせに。変えようとしなかったくせに。やってやろうの気概だけは一丁前で、気づけば地を這って生きていた』


 Aパートが終わり、Bパートに入る。

 

 わたしは常に端っこにいた。みんなが友達と談笑している時も、クラスや学年で写真を撮る時も、なにをするにも端っこにいた。

 でもそうなったのは、端っこにいたかったからではない。いつの間にか端っこにいて、端っこに居たくないと思いながらも、何もせずに日々が過ぎていった。

 

『何か誇れるものが私にはあるか?

特技、趣味、なんでもいい。これと言えるものはあるか?

踏み締めてきた道を振り返れば、そこには荒れ果てた世界が広がっていた』


 特技も趣味も何も無かった。

 生きていることが辛かった。

 誰にでもあるはずのものがわたしには無かった。

 

 Bパートが終わる直前、わたしはベンチから立ち上がった。


『たった一つだけでいい。

誇れるものがあるとしたら

譲れないものがあるとしたら

いつか認められたこと。いつか褒められたこと

そんな小さくても枯れない花が、あるはずだ』


 何も無かった筈のわたしには、何かがあった。

 初めて人に認められたこと、褒められたこと。つい先日、わたしは字が綺麗だと褒められた。他の誰でもないわたしがだ。


 そしてCパート。

 気持ちゆっくり目に、哀愁のある感じで歌う。


『緊張に押しつぶされてしまっても、諦めてしまっても

他の誰でもない君だけが知っている。

熱はまだ冷めない。灯火は消えちゃいない』


 最後のサビ。

 わたしは大きく息を吸って声を張り上げる。

 

『たった一つだけでいい。

誇れるものがあるとしたら

譲れないものがあるとしたら

いつか褒められたこと。いつか認められたこと

そんな小さくても枯れない花が、あるはずだ


止まってしまった時の中で、終わってしまった時の中で

出来ることが無限にあるはずだ』


 字が綺麗だと褒められただけでこんなに盛り上がって歌まで歌ってしまうなんて……わたしはなんて単純な人間なのだろうか。

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