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プロローグ

とりあえず一章(11話)までは毎日投稿です

「あー、弾き語りしたいなぁ」


 誰も居ない家の中。

 2階にある自室のベッドで横になっていた体を起こし、両手を上に上げて背筋を伸ばしながらぼやく。


 つい先日中学校の卒業式が終わり、春休みへ突入したわたしの日常は、今までのぼんやりと無意味に過ぎていく長期休暇とは違って、新たな次元に足を踏み入れるのだった。


 弾き語りとは、一人の奏者が自ら伴奏を行いつつ自ら歌うスタイルの音楽演奏のことを言うらしい

(wiki引用)


「弾き語りするなら流石にギターだよなぁ。で、駅前とかでカッコよくやりたい」


 弾き語りについて調べたところで、駅前で大勢の人に囲まれ、歌いながらギターを演奏する自分を想像して、1人テンションが上がってベッドの上を飛び跳ねた。


 しかし、それには途轍もなく大きな障壁が存在する。それはわたしがギターを持っていないこと。そして、ギターを微塵も弾けないことだ。


 そもそも音楽すらまともに触れてきたことのない人生だった。ギターはもちろん鍵盤ハーモニカやリコーダーすら良い印象はない。曲も昔の有名なアニソンとかしか知らない。


 そんな障壁を壊す為にまずやるべき事は、ギターを買うこと。そしてそのギターを弾けるようになること。弾き語りの時に歌う曲も他人が作った曲じゃなくて、自分で作りたいから作詞作曲もできるようになりたい。


 その第一歩として、まずはギターを買いにいかなければならない。ネットでギターについて調べてみると、わたしはその金額に目を見開いた。


「お金……どうしよう」


 わたしは勉強机の鍵のついた引き出しに目を向けながら呟く。一応貯金しているので無いわけではないが、今後のことを考えれば、あまり手をつけたくないお金だ。


 バイトでもしようか。

 いや、わたしのような社会不適合者の屑が受かる訳がない。もし受かったとしても働ける自信がない。バイトはダメだ。


「仕方ないか」

 

 わたしは鍵を開け、引き出しを引いて今まで貯金してきたお金を取り出した。そのお金はわたしが常日頃から貯めてきた食費である。わたしの血肉となる筈だった紙束である。


 コツコツ貯めてきた貯金から10万円を取り出し、財布に入れて家を出た。



 自転車を走らせて数分。

 近所にある楽器屋についたわたしは、楽器が所狭しと並んでいる見たことのない光景に圧倒されながら、ギターが置いてある売り場へ歩き出した。

 ギターは値段がモノよってピンキリで、高いモノは口にするのも烏滸がましいくらいの金額だった。


「何かお探しですか?」


 しばらくギターを眺めていると、店員さんが話しかけてきた。うわぁ、わたしこういうの凄い苦手なんだよなぁ。苦手すぎて服屋も美容院も全然行けないし。

 

「ぎ、ギターが欲しいんですけど」


 よし、吃りながらもなんとか返事ができた。

 昔のわたしなら吃りすぎてて、何言ってるか分からないみたいな顔をされていただろう。

 

「ギターですか?あー、こちらのブースはベースですね。ギターはあちらです。ご案内しますよ」

「あ、ありがとうございます」


 えっ、恥ずかしっ。

 恥ずかしさで死ぬんだけど。素人丸出しじゃん。

 誰かわたしを殺してくれ。


 これってベースだったのか。よく見たら値段のところにベースって書いてあるし。ねー、もっと大きくベースって書いててよぉ。


「こちらがギターのブースとなっております。失礼ですが、ご予算はいくらぐらいですか?」


 ギターのブースへと案内されたわたしは、ギターとベースの違いが分からず困惑していたが、困惑している暇もない程の速さで質問をされてしまい、慌ててしまう。

 

「い、いい一応10万円までで」


 くっ、なんとか答えられたけど、とんでもなく吃ってしまった。


「…10万円ですか!?ギターをそんなに 舐めないでください」

「えっ、」


 急にキャラが変わって、わたしの肩を両手で掴んで怒り出してしまった店員さんに、思わず驚きの声が漏れてしまった。わたしが吃っていることに怒っているのかと思って泣きそうになったけども。

 

「僕は何人もあなたみたいな人を見てきました。軽々しくギターに手を出して、弾けなかったからすぐに売りにくる人を。僕はそんな人間が一番嫌いだ」

「い、いやわたしは」

「ギターに限らず、楽器の道はとても厳しく、険しい。何人も折れてきた人たちをこの目で見てきた。何本も置いていかれたギターを見てきた。その経験から、僕にはあなたが折れる未来しか見えない」

「え、えぇ…そ、そんなこと言われましても」


 店員さんの急激に膨れ上がったギターへの熱量に、押しつぶされそうになって、数歩後退りをしてしまう。

 

「ならあるんですか?ギターの道を進み続ける覚悟が」


 今度はわたしの両目を見つめながら、語りかけるように聞かれる。


 きっと、この人は好きなんだ。

 ギターに、楽器に、音楽が好きなんだ。


 だから軽々しく手を出して直ぐに辞めてしまう人達が許せない。自分の好きなものが否定されているように感じてしまうから。


 わたしにそこまで好きなものはあったか?

 そこまで熱中できるものはあったか?

 否定された時に怒れるようなものがあったか?


 無い。

 無かったんだ。

 好きなものも、熱中できるようなものも、趣味も、何もかも無かった。そんなモノクロの世界で生きてきた。


 でも、あの日、あの時、あの瞬間。

 弾き語りに出会って、世界が彩られた。

 弾き語りに憧れて、弾き語りをしてみたいと思った。

 それだけは紛れもない事実だ。

 

「た、確かに私はドジだし、間抜けだし、要領が悪いです。だけど、弾き語りに関しての覚悟なら決まっています。わ、わたしはこれからギターを弾けるようになって、弾き語りをしてみせます」

「ほう。なら絶対に折れないと約束できますか?」

「も、勿論です」

「合格、君のその覚悟に合うギターを見繕ってあげよう」

「あ、ありがとうございます」

「君に合うギターはこれかな。KINGのトリプルオータイプのアコースティックギター!!特別にギター初心者セットもつけて8万円だ」


 キング?

 トリプルオー?

 ……うん、何一つ分からないけど、この人のおすすめだしまぁいいか。

 

「じゃ、じゃあそれでお願いします」




 ギターケースを背負いながら自転車を走らせる。道中に感じる奇異な物を見るような跳ね除けながら坂道を下っていく。


 家に帰ると、うきうきにケースからギターを取り出して、説明書と睨めっこしながらストラップと呼ばれるベルトを取りつけた。きっと器用な人ならすぐに着けれるのだろうけど、わたしは不器用だから10分程かかってしまった。


 セットでつけてもらった初心者セットの中に、初心者用の教則本があったので、それを見ながら練習していこう。……と、思ったけどチューニングなるものがあるらしい。同じく初心者セットの中に入っていたチューナーを使って音を合わせるようだ。


「やっと終わった〜」


 不器用過ぎて1時間くらい掛かったけど、まあ要領は掴めたから次はもっと早くできるはず。


「よし、これでようやく練習できそうだ。えーっと、まずはコードを弾くのね……コードってなんだ?」


 教則本を見る限り、コードっていうのは指を抑える位置なんだろう。つまり、コードを抑えられないと曲なんてもってのほからしい。


 とりあえず一通りやってみたけど思ってたよりむずかしい。指も痛くなるし。


「いや、この本が悪い!!」

 

 しばらく練習してから、教則本だけじゃ分かりづらいということに気づいてYou○ube で初心者用の動画を見てみる。


「うーん、分からん」


 いや、言っていることは分かるんだ。

 このコードがどう抑えるかは分かるだけど、実際に指が追いつかない。


「そういえば、うちの高校は軽音部があったような」


 悩んでいると、数日後に入学式を控えている高校のことを思い出す。そこで教えて貰えばいいんじゃん。それまで自主練的な感じでやって、詰まったところを教えてもらう的な?うん、そうしよう。それがいい。




 

 この時わたしはとある問題を忘れていた。

 自分が人に話しかけることもままならない陰キャなコミュ障であるということを。

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