麦生の新しい職場
俺はまだ熱気が残る街を歩く。夏だ。汗が伝う。
いつもの通り道を抜け、いつもの勤務地へと向かう。
勤務時間はアフター5。今日も新たな出会いに…
(う、うわぁぁぁぁぁぁぁ)
シュワ~~~~
光に包まれ、気づくとレトロなお店の前。
おかしいな、銀座に向かっていたはずだが?
俺はその建付けの悪い扉を開ける。
キィィィ…
そこに広がる光景はまるで異世界。
大型犬や猫が二足歩行している。当然、人も。
ここは異世界なのだろうか?
「あ!そこのお兄さん、お名前は?」
「俺の名は、樽酒 麦生。よろしく」
「私は枝 豆子。ここの職員よ」
辺りを見回す。何の職場かは不明。
印象的なのは、異種族の香りだけ。
「貴方、新しいヘルプの人でしょ。ようこそ」
差し出される契約書。誘われるままにサイン。
良く考えろって?
俺は一切断らない男だ。女の子の頼みはな。
「じゃあ早速出発するわよ!」
「何をやるのか聞いてもいいかい?」
念のためだ。豆子に問う。
返す言葉は「クエストよ」の一言。
良くわからない。だが、流されよう。
喉越しスッキリ。それが俺さ。
シュワ~~~~
さぁ、クエストへの旅立ちだ。
おや?見知らぬ女の子。素敵な出会い、二人。
「あ、麦生さん、紹介するね」
俺は微笑む。彼女たちをほぐす為に。
「左から串 盛子。冷 奴子よ」
「よろしくね、麦生さん」
「あぁ、よろしく」
盛子との触れ合い。指は絡めない。握手だから。
奴子は無言で、笑みを深める。
俺も無言で、見つめ返す。
「今日はボッタクリ山に登るわ!」
田舎から来たおのぼりさん。
それがふるい落とされる険しい山だと言う。
俺はそんな試練をものともしないさ。多分ね。
「ねぇねぇ、麦生お兄ちゃんはスキルは何あるの?」
ふいに問われるスキル。ふむスキルか…
彼女たちの期待の眼差し。それに応えよう。
「俺のスキルは君たちを幸せにする事さ」
「「「え?」」」
おっと、お望みの回答では無かったらしい。
この世界では魔法やスキルがある。そういうもの。
どうやら、俺は温くなってしまったようだ。
キンキンに冷えてないと、役立たずなんだな俺。
「じゃあチャージを教えてあげる。簡単だよ?」
奴子はそんな俺に手取り足取り教える。
冷たいと思ったら優しい彼女はツンデレなのか?
俺は…嫌いじゃない。寧ろ好きだ。
詠唱を知る。確かに簡単だ。
俺にとっては難しい事では無い。はずさ。
「お通しは、400円(税別)になります!」
「おー、すぐにできるようになったね」
俺はチャージを手に入れた。盛子が盛り上げる。
彼女は骨の髄までの宴会魂。合いの手は忘れない。
チャージとは…
戦闘に入って直ぐにしか使えないスキル。
だが、確実にダメージを与えられる。
体力はお財布というらしい。
それが尽きるとゲームオーバー。刑務所行きさ。
「魔法も覚える?呪文は長いよ?」
「君が教えてくれるのなら大丈夫さ」
豆子から魔法を習う。確かに長い呪文。
だが…一気で慣らした俺の突破力を魅せてやる。
「こちらビシソワーズ風ソースを使った店長のきまぐれシリーズのカルボナードフラマンドのチップス大盛りに〜愛の奇跡を添えて〜値段は時価だから後でね☆になります!」
「おー、一発で言えたけどちょっと呂律がダメね」
盛子が告げる。俺のダメな所を。
俺は気合いが入れば入るほどに、呂律が悪くなる。
数少ない欠点さ。後は翌日の頭痛とむくみかな?
痛風にも気をつけろ!
「時間が無いわ、行きましょう」
シュワ~~~~
山を登る。険しい道だ。
だが、それほど険しいのか?
豆子が俺の問いに答える。
お財布へのダメージは下山する瞬間のみ。
それ以外は知りようが無いのが恐ろしい…のだと。
来たぜ、お客さんだ。
随分とデカイな。爬虫類は割と好きだぜ?
「トカゲさんかな?」
「ヤモリさんね」
「ヤモリさんだよ」
「矢森さん、いらっしゃい」
どうやら名前を間違ったらしい。
人生、何事も経験さ。
ここを凌いで経験値を得よう。
『………(スッ)』
先手を取られて先にチャージを使われた。
だが、ダメージが分からないな?
「お通しは、400円(税別)になります!」
俺はすかさずチャージを決めた。
440円じゃないのかだって?
消費魔力が変わったら困るじゃないか。
だから別なのさ。
「くっ!こちらの方がダメージが大きいわ」
「そうなのかい?」
「やつらのチャージは9000オーバーよ!」
「……ダメージ多くないか?」
「お兄ちゃん、気を確かに持って!」
おっとイケナイ。俺とした事が素になるとは。
どこまでもクールに。そしてドライに。
それが俺のスーパーなモットーさ。
「魔法で畳みかけるわ!」
「こちらビシソワーズ風ソースを使った店長のきまぐれシリーズのカルボナードフラマンドのチップス大盛りに〜愛の奇跡を添えて〜値段は時価だから後でねになります!」
三人の女の子が噛み噛み。甘噛みだ。
俺の呪文は見事に完成。早口言葉は任せろ!
しかし魔法が発動しないな?
「お兄ちゃん、星が無いからダメだよ!」
そこから始まる泥仕合。
一度噛みだしたら止まらない。止められない。
しかしスキルや魔法だなんだと面倒だ。
俺は格闘術に覚えがある。それをここで示す。
「チェストーーー!」
「「「あ!」」」
シュワ~~~~
後から聞いた。暴力は絶対ダメだと。
現れた複数の黒服スーツ。本業のお兄さん。
彼らの「慰謝料」という魔法の言葉。
……俺のお財布は0になった。
今日の麦生がまた1杯…