結
「貴方が被害者の大高さんで間違いありませんね」
今日だけで何度使われたかわからない取調室で最後の取り調べが始まる。死体がなくなったとは死んでいる被害者なんて元々いなかったという事だった。背後からの包丁のみならずバットも毒も落下も蛇でさえも死因とはなり得なかった。
「はい、劇団荒野所属の大高優です」
「昨日の夜のことについて話してもらえますか」
今日の容疑者の話を聞いていて礼儀正しくまともに受け答えができるというだけで彼への好感度が自然と高くなる。
「はい。昨日は遅くまで演劇の練習をしていました。次の劇の役が掴めなくて。そうすると自分はよく土手を歩くんですよ。ずっと月光に照らされながら川の流れに沿って虫の音を聞いてると役に入れるんです」
小説の字の文のような独特な話し方をする大高かなり変わった人らしいという事で坂本の心は内心うんざりしていた。
「まず、あったのは大柄な男性でした。見た目からは思えないほどのフレンドリーな方で少し立ち話なんかしちゃいました。驚くのが彼は蛇を連れてたんですよ。犬にリードをつけるように3匹の蛇を。こんがらないのかなと思ってた矢先に男は走っていきました。蛇の1匹が逃げたらしいんですよ。それで自分もまた道歩み始めました。その時スルスルと身体を蠢く違和感に気づきました。右足から首付け根まで寒気が走り全身の毛穴という毛穴が逆立つのを感じました。先ほどの男の蛇が首をひと噛みと。自分は気づいた時には遅かった。毒が全身を回る感覚は・・・しませんでした」
「こちら鑑識からです。大高の首にはしっかりと噛み跡があります。それに蛇は猛毒を持っていた事は確かです。しかし大高は彼女からの毎日の食事から免疫を獲得していた様です」
なんとも皮肉な事であろうか。殺そうとしたことで結果として彼女は命を救ったのである。
役に入りきっているのかハイになっている大高はその後の話を話し出す。
「とりあえず蛇を剥がそうした時に隣に自転車が通りました。自転車の男は自転車を止め自分に近づいて来ました。自分があたふたしてるのに気付いて助けてくれるのかと思いました。結果は外れ、背後から首の辺りに力が加えられました。息が咳き込みもがいていたらその男自転車も置いてそのまま走っていきました」
「大高の首には包丁で刺された後はありませんでした。その代わりに包丁に貫かれ死んだ蛇の写真が鑑識によって送られてきました」
「なるほどフードと蛇に邪魔されて首を刺せなかったのか」
またしても加害者により殺害が阻止された。
「訳もわからない経験を短時間で何度もした自分はあと少しで劇の役があと少しで掴めると感じてました。そのまま流れに身を投じる事にしたのです。最後に出会ったのはヤンキーのような男です。急に罵声浴びせてきて押し問答があった後におもちゃのバットで殴られた。床には血糊が飛び散りました。すると背後から違う男が来ました。その途端男達は急に慌て出しました。男達は自分を押して走って行きました。押された身体は錆びついた自転車をドミノ式に落下させ、自分は完全に役に入ることができた」
「あの先ほどからお芝居の話があるんですけど次の役ってなんなんですか?」
坂本が素直に質問すると大高は笑顔で応える。
「死体役でするよ」
そのままずっと演技を続けていた大高は鑑識が調べるまで誰も演じているとは思われず死体だった。
「あれ、ではバットの女はどうなったんすかね」
「おそらくは酔って血糊のついたバットを持ち帰っただけだろうな」
こうして複数の加害者がいるのに被害者のいない奇妙な事件は幕を閉じた。
その後、複数の死(?)を経験した大高が死人よりも死んでいる役者として有名になったのはまた別のお話。
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