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願いの行方

 これはどういう事だろうとタクミは思った。

そしてヴァプラと名乗った悪魔を見上げ、何て親切な馬鹿なのだろうと思った。


 おそらく悪魔の言う事は嘘ではない。


だがこんな馬鹿正直な取引を持ちかけるなど、どれだけ根が綺麗なのかとすら思った。

タクミの魂が欲しいのなら、有無を言わさず奪えばいいのだ。

この悪魔と言うものにはおそらくそれだけの力があるのだろう。

大きさから考えても、こんなふうに姿を表さず、タクミが穴から落ちてきた時点で普通に襲って奪えば良かった話なのだ。

 だというのに、このヴァプラと言う悪魔はそれをしなかった。

そのせいでタクミは逆にどんな裏があるのかと考え込んでしまったのだ。


 『どうした、ニンゲン?我が恐ろしくて口も聞けぬのか?!』


「いや、アンタを怖いとは思わないよ、ヴァプラさん。むしろあまりに素直な生き物に出くわして面食らっているんだよ。」


『……は??』


 ヴァプラは意味がわからなかった。

大悪魔である自分に、この人間は「素直な生き物」と言っている。

 ヴァプラは名だたる大悪魔の一柱だ。

だというのにその悪魔に対してこの人間は「素直な生き物」と言うのだ。


 ……なるほど。

煽ててどうにか殺されずに済む方法を探っているのか…相変わらずニンゲンは小賢しい……。

ヴァプラはそう理解した。


『面白い事をぬかすな、ニンゲン?』


「それはこっちのセリフだよ、ヴァプラさん。そんな馬鹿正直な取引をしようとするなんて……。俺が生きる気のある奴だったら、騙されて捉えられて利用されるぞ??」


『……は??』


 淡々と述べられたタクミの言葉に、ヴァプラはさらに困惑した。

馬鹿正直な取引??

悪魔の自分を騙して捉え、利用する??

この大悪魔であるヴァプラを?!


 『愚弄するか!ニンゲン!!』


カッと頭に血が登り、ヴァプラは怒鳴りつけた。

その力は部屋全体を揺らした。

しかしタクミは平然としていた。


「愚弄なんかしてないよ。素直なヴァプラさん。」


『素直だと?!名だたる大悪魔の一柱であるこのヴァプラを素直だと?!』


「素直じゃん。ムカつく事言われて実直に怒りだすとか、素直でしかないじゃん。」


 素直とは一体何だっただろうとヴァプラは考えてしまった。

このニンゲンを見る限り、騙そうとして言っているというより率直な感想を言っているようだ。


 いや?いやいやいや?!

そうと見せかけて騙そうとしているのかもしれない。

ヴァプラは慎重になった方がいいと自分を戒めた。


 「ヴァプラさんは、俺の魂が欲しいんだよね??」


『別に要らぬ。願いを叶えに来たのかと思っただけだ。』


「でもその対価って魂なんだよね?つまり、ヴァプラさんが俺から奪うとしたら、魂だって事だろ??」


『……それぐらいしか、貴様の持っているもので我にとって価値あるものがなかっただけだ。』


「だろ??だったら取引なんかしないで奪えばいいだろ??その大きさから考えても、そんなの簡単だったはずじゃないか??真っ暗な中では俺は何もわからなかったんだし。でもヴァプラさんはそうせず、わざわざ声をかけてから姿を表して、俺に取引の話をした。何だってわざわざ取引なんかするんだ??欲しいなら、相手が気づく前に奪えば済む話だろ??」


 ヴァプラは益々混乱した。

なぜ、このニンゲンは平然と騙して奪えばいいと言うのか??

さもそれが当たり前の事のように言うのか??

全く意味がわからなかった。


『……それが…素直だと……!?』


「素直だよ。欲しければ奪う。騙すか殺すかして奪うのなんか、常識じゃないか。今時、ヴァプラさんみたいな取引を持ちかける純朴な人間なんかいないし。」


『………………。』


 頭が痛くなってきた。

ヴァプラは自分が今、何と話しているのかすらわからなくなってきた。


 は?何だって??

欲しければ、騙すか殺すかして奪うのが当たり前だって……??


世の中は、一体どうなってしまったというのか!?


 ヴァプラは名だたる大悪魔の一柱だ。

だから人間が理性を失い、残忍さの為に悪魔を求めなくなった時、その存在を保てなくなって眠りについたのだ。

 そして時を待った。

復活する為の時を待った。


 そしてそれは訪れたはずだったのだ。

己の力を取り戻す為に、理性と知性を保っている魂がやってくる機会。

タクミの魂にその価値有りと思ったヴァプラは、まずはこの魂を得、そこからまた別の魂を食らって力を取り戻していこうと思っていたのだ。


 だがどうだろう?

平然と言ってのけるタクミの話を聞き、ヴァプラは言葉を失った。

ニンゲンはすでに、悪魔など必要としないほど悪魔らしいモノへと変わっているようだった。

そうなると、何をもって自分を悪魔とすれば良いのかわからなくなった。


 「それはそうと、ヴァプラさん。」


『……何だ、ニンゲン…。』


「素直なヴァプラさんだから、一応信用してみようと思うんだけどさ?」


 悪魔に対して信用できると判断するタクミを、ヴァプラは遠い目で眺めた。

いったい、自分が眠っている間に、人間とはいったいどういう生き物になってしまったのだろう?

 あまりの事に、ヴァプラはもう言い返そうとも思わなかった。


『……何だ、ニンゲン…。』


「魂と引き換えに、一つだけ願いを叶えてくれるって言うのは本気なのか??」


『まぁな……。だがお前、魂と引き換えだからな??』


「それは聞いたよ。」


『どんな願いでも一つだけ叶えてやれる。恨んでいる人間を言葉にできないほど無残な死を与える事もできる。』


「いや、それは自分でもできるし。それに放っておけは、基本、皆、最期は無残な死に方しかできないしね。」


『………………。そうか…。』


 ヴァプラは頭が痛かった。

人間とは、本当にどうしてしまったのだろう??


 「それよりも頼みがある。」


『何だ?』


「俺を殺してくれ。」


『……………………は??』


 ヴァプラは完全に思考が止まった。

魂と引き換えに叶える願いが、殺してくれ??

固まるヴァプラをよそにタクミは告げた。


 「そう。魂と引き換えに殺して欲しいんだ。さっきも言ったように、生きていれば基本、無残な死を得る事しかできない。だから俺は誰にも邪魔されず、穏やかな死に場所を求めて旅をしてきた。ヴァプラさんも理由はわからないが、魂がいるんだろ?だったらお互いWin-Winじゃないか!!そうだろ?!」


 頭が痛いどころの話ではない。

この者が魂と引き換えに叶えたい願いは穏やかな死。


 タクミの魂は知性と理性を持ち、まだ若く健康でエネルギーに満ちている。

だというのに、そんな魂と引き換えに叶えたい願いは穏やかな死。

魂を奪う理由にそれが選ばれるなど、誰が思うだろうか?!


 ヴァプラは遺跡の天井を見上げて黙り込んでしまった。

何を思い、何を答えていいのかわからなかった。


 そしてこの者の魂を得て外に出たところで、自分に何ができるのか見えなかった。

良くも悪くも、哲学や諸科学のあらゆる知識を人間に授ける力を持つ自分に、今の世の中を生きる人間に、何ができるのだろうか?


「……お~い、ヴァプラさん??」


殺して欲しいと言ったニンゲンは、平然とヴァプラを見上げている。

恐れる事も、ひれ伏す事もない。

ヴァプラは大きくため息をついた。


 『……少し、考えさせてくれ…。』


名だたる大悪魔の一柱。

ヴァプラは項垂れてそう答えたのだった。



ーーー Fin ーーー


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