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何でも短編集  作者: ぬえさん
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 通学路にある公園には、へんなおじさんがいる。おっきくてボサボサで、いつもへんなことばっかしている人だ。

 おじさんはたまに、ふつうの人になる。うるさくなくて、動き回らなくて、わたしたちのあそび場を一人じめしないで。ただただしずかに、うつむいて、ベンチにすわっている。

 今日は、そんなおじさんに話しかけてみようと思う。お母さんには、近づいたらダメと言われているけど。今日のおじさんはふつうの人だから、大丈夫だと思う。それに、なんだか今日のおじさんは、とてもさびしそうに見えたから。

 帰り道、おじさんはまだベンチにいた。オレンジ色の夕日の中の公園におじさんはひたっていた。

 そんなまぁるい公園の中にわたしもふみ入る。水の中に足を入れた時の、水がくっついてくる、ぞわぞわする感じがした。

 おじさんのいるベンチへ一歩一歩、歩いていく。ランドセルに入っている筆箱と教科書がガタガタうるさかった。


「おじさん」

一言目。おじさんはピクリとも動かなかった。

「おじさん」

二言目。おじさんはひざに乗せていたうでに顔をうずめた。

「おじさん」

三言目。おじさんは耳をふさぐように頭をかかえた。


 四言目を言うゆう気は出なかった。だけど、このまま帰る気にもならなかったので、おじさんのとなりにすわった。

おじさんはベンチのまん中から、少しだけはしの方にずれてくれた。

 夕日につつまれた公園は温かく、やさしく、わたしたちをつつみこんでいた。とても幸せな気分だった。だけど、息苦しくもあった。なぜかは分からない。のどをひりひりやかれるような、重たいような、もやもやぐるぐるした空気がここにはあった。

 おじさんの足元で土が一点だけこい茶色になっていた。おじさんの口から出るよだれのせいだった。たれるよだれは土に全部はすわれないで、ちょっとだけ土の上にのっかっている。

おじさんはまだ顔をうずめていた。たれたよだれをじっと見ているのかもしれない。

 しずかだった。わたしとおじさんいがい、だれもここにはいなかった。おかげでおじさんのあらい息が耳を通っていく。息をしているようでしていないようだった。

 ヒュァー、ハァー。ヒュァー、ハァー。

ドキドキする。おじさんのこきゅうがわたしのこきゅうみたいだった。

 とつぜん、心ぞうをつかまれたみたいな感かくがした。おじさんが急に起き上がったのだ。おじさんはベンチのせもたれにビタリとせなかをくっつけて、空を見ていた。その目はグルグルと動いていて、何を見ているのかよく分からなかった。


 また、声をかけてみた。

「おじさん」

「……知らない人に話しかけたらダメってパパやママに言われなかったかぁ?」

おじさんは泳いでいた二つの目をこちらにいっせいに向け、ろくろ首のようにグニャと首を曲げてわたしの目をのぞきこんだ。心ぞうをつかまれるよりもこわいと思った。

 わたしの口は真一文字にむすばれていた。ぎゅっとむすんではなさなかった。何を言えばいいか分からなかったからだ。わたしはおじさんの、すいこまれそうなほど深い色をした目と少しの間だけあいさつをした。

「ぁ、あぁ……」

 よく分からない声を出しておじさんはまたうなだれてしまった。今度は頭もかかえてしまった。

 何か、よくないことをしてしまったんだと思う。だけど、やっぱりわたしにはどうしたらいいのか分からなかった。


「おじさん」

むししたのに、よびかけるのはへんだと思った。だけどした。おじさんはこちらを見た。ひどい顔だった。この世の終わりみたいな、そんな顔をしていた。この世はどこも終わる気配なんてないのにね。

「どうしておじさんはへんなことをいつもしているの?」

おじさんの目がいっしゅん、ゆらいだ気がした。おじさんは体を起こして、こう言った。

「壊しちまったのさ」

「なにを?」

「全てをさ」

なにを言っているのか、よく分からなかった。ただ、おじさんは――しあわせそうに、かいほうされたように、すがすがしく、わらっていた。

「しあわせそうだね、おじさん」

心のそこからそう思った。

「ああ、とても幸せだよ。全てが壊れた日から、何もかも」

「今は?」

 おじさんの時が止まった。言われたしゅんかん、それ以上の時を進めないために見えた。だけど、だんだん、上がっていた口のはしが下がっていった。

おじさんは顔をにぎりしめるようにおおって言った。


「最悪な気持ちだよ」


 おじさんの手にはどこかでぶつけたのか、青色のあざがあった。



 雲ひとつない空からなみだが落ちてきた。


「雨が降ってきた」

「子どもはもう帰りなさい」


そう言ってかけてくれた上着はなんのにおいもしなかった。いいもくさいもなかった。わたしはそれを意外に思ったのだ。


 公園を出る。ふり返って見た公園は、入った時のようなまるみはなかった。空をおおった暗い雲があたたかな光をうばって、たて物があるのにあたりが一面平べったく見えた。何もかもさらされてしまったようだった。


 次の朝、おじさんは公園にいなかった。次の日も、おじさんはいなかった。次の日も、次の日も。おじさんはそこにいなかった。

 おじさんはもうここには来ないのだと知った。近所の人がわたしとおじさんが話しているのを見て、ケイサツにつうほうしたらしい。


 私はおじさんの居場所を奪ってしまったのだろうか。そもそもおじさんはあの公園を居場所と思っていたのだろうか。本当のことは分からない。これから一生、分かることはないんだろう。だけど、私は思うのだ。


――しあわせだといいな。


すべてがこわれて、なにも考えなくてすむ、そんな生活をずっとすごせるような、そんなしあわせが。おじさんに毎日おとずれていればいいな、と。


そう思うのだ。

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