茨の道
私はいつも逃げてばかりだ。そんな私に人は逃げてばかりはダメだと言う。
心の中の私が言った。
『逃げてて何が悪い』
『もしそれで私が傷ついて生きていけなくなったとしてたら、誰が助けてくれるのさ』
『それでもやっぱ逃げてばかりはダメだよ』
『逃げてばっかでどうするんだ』
『逃げてばっかだと何も叶えられないよ』
分かってる。今のように、辛いままでいれば、誰かが逃げてもいいって言ってくれるって。だって、今の世の中そうなってるもの。
でも、私がそれを許さない。私が傷ついてもいいから、前に進みたいと思っている。だけど、進めない。
ああ、私はどうしたらいいんだろう。誰でもいいから助けて欲しい、と願いながら、私はここに蹲っている。
そんな私に男の友達が話しかけてくれた。
「……なぁ、辛いんだったら、逃げてもいいんじゃね?」
私もその言葉が欲しかった。
『でもさぁ、逃げてもいいって言ってくれても、その後のことは何にも考えてくれてないんでしょ?』
「ダメよ。逃げてばっかはダメ」
「……」
『せっかく逃げてもいいって言ってくれてるんだから、逃げてもいいんじゃない?』
「でもね、逃げてしまってもいいんじゃないかって思っているのも事実なの」
だけど、ダメ。言葉にはしなかったが、彼は察してくれたと思う。彼は何も言わなかったから。多分、どうしたら良いのか考えあぐねているんだと思う。
「…… はどうしたいの」
分からない、という言葉が咄嗟に出てしまいそうだった。それを何とか飲み込んで、分からないなりに考えてみる。
「私は……、逃げてしまいたい。だけど、逃げたくない。どっちもなの。どっちも本心だから、どうにもできないの」
彼は困ったなぁという風に頭の後ろを少し搔いた。そして、どうするでもなく、私と同じようにしゃがみ込み、ぼんやりとどこかを見つめ始める。
私もどうするでもなく、腕の中に顔を埋めていた。
しばらくして、彼が口を開く。
「なぁ、芸人さんっているじゃん」
何のことだろうと思った。だけど、彼なりの考えが浮かんだんだろうと、当たり障りのない返事をする。
「そうだね」
「芸人さんが足つぼマッサージをやったとしよう」
「うん」
「でもさ、大体そういう時、芸人さんって痛がってすぐに何にもない床に転げ回るじゃん」
「……そうね」
「世間の人はみんなそれを見て笑っているわけだ」
「うん……」
「芸人さんは辛いことから逃げたとしても世間の人はそれを逃げるな、とは言わない。いや、言ってるのか……? まあ、言ったとしても笑って言ってるのがほとんどだと思う」
「そうだね」
埋めていた顔を少し上げる。彼が色々話してくれたおかげで少し心がほぐれたのかもしれない。
「でも、芸人さんはまたその足つぼをやるわけじゃない。最終的には逃げずにやり切るのよ」
でも、私はまたネガティブなことを言って、心をしぼませる。せっかく彼がほぐしてくれたのに。
「……まあ、そうだな。でもさ、一回は足つぼ踏んで、どれくらい痛いか分かったわけだろ? だから、次は覚悟を持ってその痛さに挑めるわけじゃん」
つまりどういうこと? そんな視線を彼に向けた。その視線に彼は柔らかい顔をしながら、答えてくれる。
「つまりさ、辛くたって逃げていいんだよ。でも、 は逃げたくないんだろ?だったら、一回逃げて、進む勇気が出てきたら、一度受けた辛さを思い出して、それを受ける覚悟を持って、また進めば良いわけだ。今、 は勇気を出そうとしているところにいるんだと思う。だから、勇気を出して、覚悟を持てたら、前に進めばいいんじゃない? それまでは逃げててもいいと俺は思うけどなぁ」
どうですか? とそんな目をして彼は私を見つめた。言われた直後の私はうまく言ってることを処理しきれていなかった。だけど、数秒したら、そんなのも処理し切れてしまう。そしたら、何だか目頭が熱くなってきて、目から涙がこぼれ落ちそうになる。
くちびるを噛んで、それを堪えながら私は、
「うん……。うん。ごめんね、ありがとう」
そう言った。