第二十六話 本当に悪役令嬢なの?
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山岳地帯とは違ってカルダスでは冬でも雪が降る事はほとんどない。温暖な地域とはいえ、冬ともなれば、日が沈むのも早くなり、太陽が沈んだ後には底冷えするような冷気もやってくる。
「襲撃は夜が本番だから、ベアトリス、あんたは今から仮眠を取りに行ってきな」
ベアトリスが厨房へと戻ると、待ち構えていたアパレッシーダがスープ鍋を混ぜていたお玉を隣の女性に渡しながら声をかけてきた。
「私ら女衆は、戦闘中になったら昼間に交代で仮眠をとって、夜は起きているようにしているんだよ」
「なんで夜に眠らないんですか?」
「敵の攻撃が激しくなるのは夜になってからだからね。屋敷が敵の手に落ちる際には、一番最初に逃げ出すためさ。私ら女衆は夜こそ起きていなくちゃならないのさ」
アパレッシーダはそう言って厨房横の部屋に用意された床に毛布を敷いただけの寝床へと案内すると、すでに何人かが横になって健やかな寝息を立てていた。
部屋に入る前に、アパレッシーダはベアトリスの腕を引っ張りながら言い出した。
「この後、ヴィオも仮眠に入ると思うけど、あの子がうなされているようだったら私を呼びに来てちょうだい」
「うなされるんですか?」
「あの子は幼い時に義理の親から散々暴力を振るわれているから、今でもうなされる時があるんだよ。だからね、あんまりうなされているようだったら私を呼びに来な」
「アパレッシーダを呼ばなくても私が居るから大丈夫だよ」
朝から火炎瓶を作っていた太ったおばさんが欠伸をしながらやってくると、
「ヴィオは私の子守唄でも良く寝るからね、任せておきな」
と言ってにやりと笑ってみせる。
「マーサが居るなら大丈夫か」
アパレッシーダはホッとため息をつくと、
「何かあればすぐに起こすから、少しでも寝ておくんだよ」
と言って、厨房の方へと戻って行ってしまった。
マーサというおばさんもまた、小さく肩をすくめると言い出した。
「ヴィオは私たちの子供みたいなもんなんだよ。可哀想に、傷ついているのに誰も気にしちゃいないのさ。男どもなんか当てにも出来ないから、私らで出来る事なら子守唄でも何でも歌ってやるのさ」
「なんで子守唄が必要なんですか?」
「あの子は子供の時に三年間、毎日、毎日、満足な食事も与えられずに折檻され続けていたんだよ。危うく死ぬところだったんだけど助けられて、だけど、心には深い傷がついちまってね、それから度々、夢に見るみたいなんだ。仮眠を取るくらいなら何の問題もないんだけど、長い時間は眠りたがらないんだよ」
前の公爵夫人だったイザベル様に虐待を受けていたという話は聞いた事があったけれど、眠るのを拒否するほどのものとは思いもしなかった。
「みんな知っている話さ。それから、私みたいな人間でも子守唄を歌えばヴィオはうなされなくなる。これもまた、みんなが知っている話なのさ」
渡された毛布に包まりながら、目を瞑って考え込む。
「うちのヴィトリアは物凄く我儘で残虐で、それでいて想像できないほどの変わり者なんだよ」
クリス様が瞳を細めながら言っていた。
「婚約者のアルフォンソ王子も本当に、本当に、お困りなんだよ、フォルハス家の恥だと言ってもいい」
ベネディッタ様が桃色の髪の毛を指先にくるくる巻きながら言っていた。
「私も王宮に上がるようになってから知ったんだけど、ヴィトリア様って本当に嫌われていて、我儘がすごすぎて専属の侍女すら付かないんですって!エマヌエラ様専属の侍女達がいやいや面倒をみているっていうんだけど、王家としても本当に困っているみたい!」
たった一人が言っているのではなく、クリス様もベネディッタ様も揃って同じ事を言っていた。ヴィトリアお嬢様は我儘で癇癪持ちで、散財家で浪費が激しくて本当に困った人なんだって。
だけど、今のお嬢様を見て何を感じる?
男の人みたいに軍服に身を纏い、宝飾品のひとつだって付けていない。我儘で癇癪持ちの人間がうなされていたら、わざわざ子守唄なんて歌ってあげようと思うのかしら?
ベネディッタ様やクリス様はヴィトリア様の事を『悪役令嬢』って言うけど本当にそうなの?
国を助けようと懸命に動いているのは誰なの?
民を助けようとしているのは一体誰なの?
私を本当に救い上げようとしたのは誰だったの?
ブルーノさんは、私の事を愛しているって、絶対に離さないって言っていたけど、私を暴力でねじ伏せるだけの人だったし、クリス様はヴィトリア様を蹴落とすために、私を利用することしか考えていなかった。
じゃあベネディッタ様は?あの人、口では自分こそがヒロインだみたいな事を言っていたけど、一体どこに行っちゃったわけ?ヒロインだったら今こそ活躍しなくちゃいけないんじゃないの?
「ああー〜もう・・訳がわかんない・・・」
そもそもタンポポ友の会ってなんなのよ?種がヨーロニア中に飛んで芽吹いたとか言っていたけど、どんだけ種を飛ばして歩いているわけ?本当に信じられないんだけど?
ブルーノさんも、ここに放置したコーランクールも頭にくるけど、結局は、自分の父親が一番頭に来るのかも。どれだけ母の気持ちを裏切れば気が済むんだろう。
小さな手が触れて思わずベアトリスが目を見開くと、幼いソフィアが潜り込んでいる事に気がついて驚いた。
双子の姉であるソフィアはそっとベアトリスを部屋の外まで連れ出すと、扉の外では見張り役として妹のジュリアが立っていた。
「喋らないで!私たちについて来て!」
双子は小さな声で囁くように言うと、ベアトリスの両手を掴んで走り出したのだった。
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