第二十三話 殻をやぶる
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「あんたの名前はなんて名前なんだい?」
恰幅の良い中年の女が、ベアトリスの方を振り返って問いかけてきた。
「ベアトリスです」
「そうか、ベアトリス、あんたはベアトリスっていう名前なんだね」
アパレッシーダは何かを噛み締めるようにして名前を言うと、スタスタと前を歩きながら言い出した。
「あんたが何者なのかっていう詳しい事を私は知らない、ただ、ヴィオが私にあんたを任せたという事は、私らと同じ身分として扱う事を許したという事になる。あんたの名前がベアトリスだっていう事についても、疑問を持つ奴らが問いかけてきたら、ヴィオがそう言えと言ったと、そう答えな」
「はい」
偽物の公爵令嬢としてこの館で保護してもらっていたという事については、今のところ不問にしてくれるということなのだろう。
「あんたにはここで働いてもらう事になる。調理場では今、ここに集まった連中の食事の準備をしているし、隣の使用人用の食堂では火炎瓶を作っているから、とりあえずあんたには、芋の皮剥きからしてもらおうかな」
「火炎瓶ってなんなんですか?」
「ああ、あんたは見た事がなかったか」
調理場の隣にある使用人用の食堂では、山のように積み上げられた瓶の木箱と、そこに漏斗を使ってアルコールを注ぎ込み、コルクで蓋をする代わりに布を詰めて作業を女性や子供達が行なっている。
「コメルシオ商会は瓶詰め商品で成り上がった商会だけど、彼らは私らに仕事で使う瓶を大量に提供してくれたんだ。この瓶に、アルコール濃度の高い酒を入れて、布切れで蓋をする」
アパレッシーダは自ら瓶を手に取って、漏斗を使ってアルコールを注ぎ入れ、蓋の代わりに切り裂いた布切れで栓をする作業を実践する。
「この布切れに火をつけて、城壁を登って来ようとする敵兵に投げつけると、敵は火だるまとなって燃え上がる。夏の戦争中に起きた二度目の襲撃では、この火炎瓶で敵を退けたんだよ。カルダスでは有名な話なんだが知らなかったかい?」
「敵を呆気なく退けたのは聞いていましたけど、何で退けたのかは知りませんでした」
「王宮並みの城壁に囲まれていたら、もっとやりようがあるんだろうけれど、あくまでここは、王族が避暑地として使う別荘だからね。オビドス並の見上げるほどの城砦はないし、工夫を凝らしてやるしかないね」
綺麗に芋を剥くベアトリスの姿を見てアパレッシーダは驚いた様子だったけれど、どんなに忙しくなっても火炎瓶作りの方を手伝わせるという事はしなかった。
ベアトリスはメロヴィング側の手先だという風に見ているようで、必ず誰かしらがそばにいるように差配していた。
使用人部屋から調理場へと移動した時点で屋敷の中は大騒ぎだったけど、それもそのはず、ここから北にある領地を守るボンパル侯が、メロヴィング軍を手引きして国内に招き入れ、カルダスを落とすために集まった5千の兵が、太陽が地平線から離れようとする頃には、領主館を取り囲むようにして集結した。
元々、王家の別荘だったカルダスの領主館は小高い丘の上にあり、館の後方に果樹園と菜園があり、東に広がる美しい庭園には小川も引き込まれていた。
太陽の光を取り入れるために館は南向きに建てられており、館の後方となる北から西に向かって、人の手が入れられていない原生林が広がっている。
館を取り囲む城壁は、南側が館と距離が近くなり、北に向かうほど遠くなる。敵の主力部隊は館の南側に集結しているものの、果樹園や庭園側からの侵入をしようとする敵兵が壁を乗り越えようとして失敗したり、城壁内に侵入してから大怪我をしたり、罠にかかって捕らえられたりとしているようだった。
「ごちそうさま!」
「それじゃあ行ってくらぁ!」
「神の加護を願っておくよ!」
「ありがとうよ!」
刻んだ豚肉と野菜でスープを作り、パンを捏ねて焼いても、焼いても、次から次へと大勢の男たちが食事を食べにやってくる。
ある者は斧を片手に、ある者はライフル銃を片手に、食事を終えると走るようにして飛び出していく。
「神の加護を!」
ベアトリスは今まで神様なんかに祈った事などないけれど、今はみんなが敵兵に傷つけられない事を願ってやまない。
「大丈夫だよ!昼間はお互いの出方を見るために、様子見でぶつかり合っているだけだからね。本格的な戦闘は夜から始まる。今回は夜を2回守り切れば、必ず将軍様が助けに来るって言うからね、たった夜2回で済むんだから、今回は楽勝だよ」
こちらは領主軍が200、憲兵隊が50、カルダスの男衆が800残ったと言うけれど、戦力の一部は、戦闘のために城壁の外に居るという。城壁内には集められたのは年寄りも多いため、こんな状態で、大丈夫、大丈夫という周りの人間の気が知れない。
「私たちにはヴィオが居るんだから大丈夫だよ」
「ヴィオはね、負ける戦は絶対にしないんだよ」
城壁の中に集まった女衆は200、年寄りが居たり、子供が居たりで、どうしても短時間にオビドスまで移動できなかった女達が城壁の中に残った形となる。
料理や火炎瓶作成に勤しむ女衆の崇拝が凄すぎる事には驚いた。
「あんたの事はよく分からないけれど、ヴィオが認めたって言うのなら私らは何も言わないよ」
ブルーノに監禁されて行方不明扱いだった事もあり、常にアパレッシーダや、その側近たちが張り付いている事に胡散臭さを感じている人も多いみたいだったけれど、
「ヴィオが認めたなら仕方がない」
と言う言葉が全ての免罪符のような形になってしまったのだ。
元々、娼家で生活していた間は下働きのような事も良くやっていたし、公爵家では下級メイドとして務めていた事もあり、野菜の皮剥きやパンを捏ねる事など雑作もない。ここではお嬢様を悪者にする必要もないし、ただ、自分が出来ることを精一杯やるだけ。優しく声をかけてきてくれたブルーノさんの事や、急に豹変した彼の姿を思い出す必要もなく、ただ、出来ることを淡々とこなすだけ。
「ベアトリス!ちょっとこっちに来てくれるかい!」
「はぁい!」
もう、貴族の令嬢のふりなんかする必要もない。
堅苦しい何かを破り捨てたベアトリスは、大きな声で返事をすると、アパレッシーダの方へと駆け出したのだった。
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