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第十六話  嫌われ者のブリタンニア人

お読みいただきありがとうございます!よろしくお願いします。

「ヴィオ?」


 ランタンの灯りに照らし出されるヴィオの整った顔が、何だか神々しいもののように見えて、思わず一瞬目を見開いたペリグリンは、視線を外すようにしてむきだしとなった石の床を見つめた。


 領主館を預かるテレサ女史が殺され、ヴィトリア嬢が行方不明。ヴィトリア嬢の寝室は真っ赤な血で濡れた状態だった為、凶器となるナイフを見つけたペリグリンは、二人を殺害した犯人だとして地下の倉庫に捕まえられていた。


「うわーーーー、ペリグリンさん、大分やられましたねえーー」


 ランタンの灯りを差し向けてこちらを眺めたヴィオは呆れた声をあげると、持っていた手提げの籠を床に置き、縛り付けていた縄をナイフで切断してくれた。


「ヴィオ、もしかして、エスパンナまで行ってきたのかい?」

「ええ、行ってきましたけど、ブリタンニア人の嫌われ具合がメチャクチャで」

「どういう事?」


縄が食い込んだ手首には紫色の鬱血した痕が残っている、痛む手首を摩りながら立ち上がると、棚に納められたワインのコルクを器用に引き抜いたヴィオが、ボトルごとペリグリンの前に差し出してきた。


 熟成した赤ワインを喉に流し込みながら、目の前がチカチカしてきそうだ。


「はあ・・・ヴィオ、嫌われているってどういう事なんだい?」


「ブリタンニア海軍の奴ら、エスパンナに持ち込んだ武器については、これは無料なんかじゃない、きちんと金は払ってもらうとか何とか言い出しまして、エスパンナ海軍と商船を秘密裏に接収し、港の倉庫の中にあるものを借金のかただって言って奪い取ったようです。多くの穀物も奪い取られたエスパンナ国民は、冬を乗り切れないという状態にまで追い込まれているんですよ」


「な・・なんだって!」


「しかも船を奪い取ったのを良いことに、コンドワナからの物資の輸送はブリタンニア経由ではないと認めないと命じたようで、植民地からの物資が絶たれたエスパンナの憎悪がすごい事になっています」


「はあ?」


 膝から崩れ落ちるってこういう事を言うんだろうな。

 なんというバカな事をやっているんだ?

 火事場泥棒も甚だしい、戦争を理由に好き勝手やりすぎだろう。



「我々は元々祖先が海賊なんだから、それくらいでいいんだとか何とか嘯いているブリタンニア人も多いんだそうで」

「結果、ブリタンニア人が嫌われるんだな」


 ヴィオは小さく肩をすくめながら、激しく鞭で打たれた僕の傷の処置を始めた。


「エスパンナ南部のヘイトがマジですごい事になっていて、ムーア将軍もいたたまれなかったのかなあとは思います。ブリタンニアに対する国民感情を回復するためには、皇帝に一矢でも報いなければならんとでも思っているんですかねえ」


「本当にそんな状態なの?本当に、うちの軍の上層部の腐り具合が酷い!」

 

床に置かれたランタンが、底を中心にして暗闇に光の環を広げていく。真っ暗だった倉庫の狭い空間は光に暖められ、2段の石組みの階段に腰をかけたペリグリンは、ヴィオの指先の暖かさに癒しを感じた。



 ペリグリンの顔が青紫に腫れあがり、鼻血が茶褐色に変色して頬にこびりついている。手首と足首には縄で縛り付けられた後が紫色の跡となって残っていた。


 前髪の間から覗く古い傷痕にも飛んだ血液がこびりついていて、その傷痕から鼻にかけて乾いた血液を拭い取ると、思わずヴィオは苦笑を浮かべてしまった。これだけ殴られているのに、この高い鼻が折れていないのは奇跡に近い事なんじゃなかろうか。これだけやって骨の一本も折れていない。


「領主代行のテレサさんが胸を刺されていた。令嬢の部屋には凶器が転がり、血塗れな状態で、だけど令嬢の姿は何処にもなかったんですよね?」


「そうなんだよ。僕は朝、食堂に降りてこない彼女を心配して声をかけに行ったわけだけど、その時にはあの状態になっていて」


 ベアトリスが与えられた部屋は、過去に女王も滞在したことがある部屋で、白漆喰を塗られた壁にはカルダスを描いた風景画が何枚も飾られており、寄せ木細工の床には、スブラ織の絨毯が敷かれていた。


 窓際には天蓋付きのベッドが置かれており、純白のシーツは真っ赤な血液をぐっしょりと染みこませて、木製の床へぽたぽたと真っ赤な血の雫を落としていたという。


 白壁から天井にかけて、真っ赤な血をぶちまけたかのような有様で汚染されていた。

 あまりに不可解な有様に呆然としたペリグリンは、ベッドの枕に刺さるナイフに気が付いて手に取った所、扉を開けた双子の娘に悲鳴をあげられる結果となったらしい。


「ベッドを濡らした異常な血液の量で、みんな、令嬢が殺されたものと考えているみたいですけれど、マノエル医師はそうではないと判断しているみたいです」


「そうだろうね、例え人の首を切断したとしても壁から天井に飛び散るほどのベッタリとした血液が噴出するわけがない。僕は、ベッドの下に羽が数枚落ちているのを見つけたんだけど、おそらく鶏かなんかを殺してわざと汚したんじゃないかなと思うんだけど」


 ペリグリンは汚れた衣服を着替えながら言い出した。

「なんであんな事をやったんだろう?意味が分からない!」


「凶器が令嬢の部屋に落ちていたって事は、テレサさんを殺した犯人と、令嬢を攫った犯人が同一人物だと思うんですけど」


ヴィオの意見に、ペリグリンさんは大きく頷いて見せた。


「屋敷に滞在していたのは、1階の執務室の、隣のプライベートスペースにテレサ女史が居た。客間には僕、マノエル医師、モウリーリョ歴史学博士が滞在していて、2階にはテレサ女史の姪であるクリスティーナ、テレサ女史の従妹の孫娘だという双子のソフィアとジュリアと、その母親のジョアンナ、そしてヴィトリア公爵令嬢が滞在していた」


「ペリグリンさんと同じ日に滞在する事になったマノエル医師のこと、テレサさんはなんと説明していました?」


「孫が自分のために手配したとうれしそうに話していたよ」

「孫ですか?テレサさんに孫とか居ないんですけど?」

「はあ?」


「テレサさんは長年女王に仕えていて、婚期を逃しているために、お子さんはいらっしゃいません。一度、女王の勧めで結婚もしているんですけど、その方は病で十年ほど前に亡くなっています。夫を亡くした悲しみで仕事にならず、女王は女王領の領主館で療養を、その後は領主館を管理する仕事をお与えになったんです」


「マノエル医師は、完璧なるルシタニア人だったけど?」

「ルシタニア人だって、メロヴィングの手先になっているかもしれない」

「そりゃそうだけど・・・」


 ペリグリンさんは悩ましげな瞳となって視線を頭上に向けた。

「もしもメロヴィングの手先だとしたら、何故、僕を殺さなかったんだ?」


それなんだよなあ、今だったらペリグリンさんを簡単に殺すことが出来るのに、地下倉庫に隔離したまんまだもんな。



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