第十二話 お嬢様とクッキー
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ベラはフォルハス公爵家に勤めていた下級メイドだった。
前公爵夫人となるイザベルは宗教に傾倒した人であり、毎日、毎日、教会や孤児院に赴いて慈善活動に勤しんでいたため、公爵家の娘となるエレーナが病で亡くなり、ヴィトリアが公爵家に引き取られた際には、今までたくさんの孤児の面倒をみてきたイザベルに任せておけば何の問題もないだろうと、使用人一同も考えていた。
しかし、蓋を開けてみれば想像とはかけ離れた事態となり、悲劇と言っても過言ではない状況に陥ってしまったのだ。
ヨーロニア大陸のほとんどの人間が信仰するコリント教、慈悲と愛を尊ぶ一方で、異端は絶対に許されないものとされている。
家族や地域からの強制的な隔離、拷問を容赦無く行われ、罪ある人々を浄化するという名目の元、行われる数々の悲惨な事象については、常に目を覆い隠しているような状況となっていた。
引き取られたヴィトリアが旦那様との不義の子であると決めつけた夫人は、預けられた子を『異端』であるとして、浄化という名の元、恐ろしい虐待を続ける事となったのだ。
目を瞑ると、骨と皮ばかりとなった小さな手がベラの脳裏に蘇る。ヴィトリアが押し込められた物置の壁には隙間が出来ていて、そこからいつも手だけが差し出されているのだ。
ポケットに入れておいたクッキーをベラがその手のひらの上に置くと、小さな手はクッキーを握りしめて壁の向こう側に消えていく。もう一度出された小さな手の平の上にクッキーを乗せると、向こう側に消えて、全てのクッキーを渡した後に、
「これで終わりなの、ごめんね」
とベラが言うと、
「ありがとう」
と、幼い声が返事をするのだった。
いつも渡せるクッキーの数は5枚とか6枚で、下級メイドのベラが渡せるのはその程度のもの。それでもこの子の飢えが少しでも和らげば良いと思って、こっそり運ぶのが毎日の日課となっていた。
ある日、逃げ出したヴィトリアがリカルドの目に触れる事となり、彼女は無事に王宮で保護される事となった。ベラはその時、確かに安堵のため息を吐き出していたのだった。
「あなたがベラ?平民の出で、フォルハス公爵家に長く勤めていたっていう話は聞いたけれど」
机と椅子しか置かれていない小さな部屋にやってきたのは、茶褐色に染めた髪の毛を男の子のように短く切り、漆黒のズボンと白いシャツを身につけた少年そのものに見えるような方。猫のような琥珀色の瞳をした美しい顔立ちをするこの方は、間違いなく、ヴィトリアお嬢様だった。
「はい、フォルハス家には十年ほど勤めさせて頂きました。この度は、仕えるべき家に背く行いをし、また、多大なる迷惑をおかけした事を謝罪いたします。私の事は、死罪でも何でも、お好きなようにして頂ければと」
「ああ、なんでも病気の弟さんの治療費を出して貰う代わりに、メロヴィングの言うことを聞いていたんでしょ?」
「ええ、そうなります」
「弟さんはどうしているの?」
「治療の甲斐もなく亡くなりました」
「そう」
ヴィトリアは胸の前で腕を組むと、眉間に皺を寄せながら何かを考えているようだった。
ブリタンニアからヴィトリアの婚約者様が訪れた夜、ベアトリスとメロヴィングの使者が直接会うことは難しいだろうと判断したベラは、領主館を出て教会へと向かったのだった。
何かあった場合は教会を介してメロヴィング側へ連絡をする手筈となっていたため、教会に向かったところ、見知らぬ男達に捕まってしまったのだった。そのまま、オビドスの修道院まで連れて来られたベラは、何故、メロヴィング側に加担したのかということを洗いざらい白状することになった。
弟の治療費を出してくれるというので、敵方に加担したとは言ったものの、下級メイドの自分としては、自分の上司となる侍女から言われれば否と言うことなど出来ない。
田舎暮らしが嫌になったらしく、公爵家からついてきた二人の侍女は王都へと戻ってしまった為、自然と、ベアトリスの身の回りの世話をするのはベラ一人となってしまったのだった。
捕まって数日後に現れたのは男装をしたヴィトリア本人であり、ベラは己の死を覚悟しながら質問に答えることになった。
「入れ替わりをした後、ベアトリス嬢の様子はどうだった?もし、メロヴィングが簡単にルシタニアを占領したら、自分が王妃になるかもしれないだろう?浮かれている感じだったかな?」
ヴィトリアの質問に、ベラは慌てたように首を横に振った。
「いいえ、とんでもないです。入れ替わりなんて大胆な事をされている割には、表情ひとつ変わらないので、侍女の方々は散々と文句を言っていたほどでした」
「そういえば、毎日のように鉱泉病院に通っていたようだけど?」
「そうですね、負傷兵が今でも病院で治療を受けておりますので、慈善活動の一環としてお嬢様は病院に通っておられました。私は今でこそ侍女としてお嬢様にお仕えしておりますが、お嬢様は元々がメイドなので淑女教育など最低限のものしか分かりません。そうすると、館の中では不審に思う者が出てきてしまうため、ボロを出さない為にも、なるべく外に出るようにしているようでした」
「令嬢を受け入れたテレサ様は不審に思っていなかった?」
「テレサ様は、ヴィトリア様にお目にかかる事はなかったものの、義母様に酷い折檻を受けていたという話は知っていましたので、令嬢教育が満足に出来ていなかったとしても、過去が過去だけに仕方がないと考えていらっしゃるようでした」
「令嬢教育について、メロヴィングは何か言ってくる事はなかったの?」
「ありません。彼らが心配する事といえば、入れ替わりがバレていないかどうか、その一点に絞られていましたので」
「ふーーん、それで、令嬢がヴィトリアとして領主館に滞在していた時に、特別に仲良くしているような人っていたかな?」
ベラは思わず笑みを浮かべてしまった。
「お嬢様は閉塞的な毎日を送られていましたが、彼の方が現れてからは表情が明るくなることも多くなりまして」
その名前を言うと、ヴィトリアは何とも言えないような表情を浮かべたのだった。
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