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第四話  かりそめの姫君

お読みいただきありがとうございます!よろしくお願いします。

ヴィトリアとの入れ替わりを果たしたベアトリスは、女王領でもあるカルダスの領主館に長期間滞在をしていた。滞在中は、戦争で負傷した兵士たちの慰問にも良く出かけ、その帰りには必ず教会に寄り、神に祈りを捧げているのだった。


ステンドグラスから差し込む鮮やかな光を見上げて、ベアトリスは神に祈るような気持ちで目を閉じた。鉱泉病院の近くに建つポープロ教会には、美しいステンドガラスからの光が教会に差し込んでいた。


「今日も何事もおこらずに終わりますように」


銀細工で飾り付けられた祭壇に向かって頭を垂れ、神への祈りを捧げて立ち上がる。


「ヴィトリア様、今日も鉱泉病院まで働きに出ていたのですか?」

教会の入り口に立っていた老爺が声をかけてきた。


「ええ、何か出来る事はないかと思いまして」

「お嬢様育ちには出来ない事だよ、毎度の事ながら感心しているんだよ?」

「たいした事などしておりませんから」


 令嬢らしくないと言われたような気がして、ベアトリスは老爺から足早に逃げ出すようにして教会を後にする。



 400年程も昔、ルシタニアの王妃レオノールが、この地に湧き出る温泉を愛したのは有名な話で、温泉で多くの人が療養出来るようにと計らい、鉱泉病院の建設を王妃は命じる事となったそうだ。


 温泉が湧き出る場所が複数あった為、湯治目的の避暑地として一時、栄える事もあったけれど、今はメロヴィング兵の侵攻によって破壊され、そのままの状態で放置されている場所も多い。


 戦争中は鉱泉病院に多くの兵士が運ばれてくる事もあったため、温泉療養の為の病院というよりは、教会付属の傷病兵向けの病院というように様変わりしているのだった。

 

「お嬢様、今日はジャガイモを沢山もらったんですよ」


 教会の裏手の方から戻って来たベラは、袋に入ったジャガイモを見せながら小さな紙片を手の中に潜り込ませた。


「お嬢様に面倒を看て貰った御礼だなんていって、野菜を持ってきてくれる若い人が多いみたいなんですよ」

ベラはそう言って笑顔を浮かべた。



 女王の直轄領を束ねるのはテレサ・デル・ペレイラ、長年女王を支えた才媛ともいわれ、余生をここで過ごすようにと命じられ、管理を任されている。


「今日も大変だったようですね」

 御年62才となるテレサは、綺麗に結いつけた白髪を右手で撫でつけながら立ち上がると、ベアトリスの左右の頬に挨拶の口づけをした。


「今日も新しいお客様がいらっしゃっているのですか?」

「ええ、孫がわざわざ医師を手配してくれたようでね」

「お医者様ですか?」

「お医者様ともう一人、ブリタンニアからいらっしゃったんですよ」


 ベアトリスが領主館に帰るとすでに食事の支度は出来ていた、この館に滞在する者は食堂の席についているはずだった。


 テレサが書類に目を通していた執務室の左手がサロンとなっており、そのサロンの向かい側が食堂となる。 食堂にはクリスタルのシャンデリアがぶら下がり、20人は座れる長卓が置かれていた。


 テレサの従妹の孫娘だという双子のソフィアとジュリア、その母親のジョアンナがテーブルの左側に座り、その隣りに医学博士マノエル医師が席につく。ジョアンナを相手に楽しそうに会話をしていた。


 その向かい側の席には歴史学博士のブルーノ・モウリーリョが座り、彼の隣りに座ったテレサの姪にあたるクリスティーナ・モンテイロが、興味津々といった様子で隣に座る外国人の男性に話しかけていた。


 外国人の彼は金色の髪の下から済んだ薄水色の瞳をあげてテレサとベアトリスを見上げると、畏まった様子でぺこりと頭を下げた。


「さあみんな、食事を始める前に、お客様の紹介をいたしましょう」

 中央の席に座ったテレサは、きりっと背筋を伸ばして笑顔を浮かべた。


「今日、医学博士のマノエル先生が我が家にお越しくださいました。私の体を心配して孫が手配してくださったのです」

 医師は笑顔で会釈をした。


「それから、今日はもう一人新しいお客様がいらっしゃっています。ヴィトリアの婚約者であるペリグリン・グレヴィル・プレストン様、わざわざブリタンニアからヴィトリアを救出に来たというのです」


 テレサの言葉で集まった全ての人間がベアトリスの方を向いた。


「まあ!まあ!まあ!ヴィトリア!良かったじゃない!あなたったら、いつの間にか新しく婚約者ができていたのね!」


 双子の母であるジョアンナが驚きの声をあげ、

「おじちゃま、結婚するなら私の方がいいわよ!」

「私の方が良いのに決まってるわ!お兄ちゃまの婚約者になったらブリタンニアまで行けるのでしょう!」

と、双子が同時に言いだした。


 ここが戦地になるのは目に見えている為、島国であるブリタンニアに逃げ出したいとみんながみんな思っている。


 王家と共にコンドワナ大陸に行く事は叶わなかったが、海を渡った先にあるブリタンニアなら、そう考える下級貴族や商家の人間が今のルシタニアには数多く存在する。



「我が祖国がそんなに人気だとは思いもしなかったよ」

「そりゃあ、皇帝が20万の兵を引き連れてやってくるとみんなが噂し合っているのだからね」

マノエル医師が可笑しそうに笑う。


 クリスティーナはブリタンニア人の手を握ると、

「だったら、私は愛人としてついて行ってもよろしいのよ?」

と、冗談まじりに言いだした。四十も半ばを過ぎた彼女は未だ独身なのだ。


 咳払いを一つしたテレサは、みんなの紹介を簡潔に済ませると、

「とりあえずは素晴らしいロマンスが生まれるという事でしょう」

そう言って締めくくると呼び鈴を振った。


 女主人のテレサは女王の忠実な配下。そのテレサとの縁を頼って領主館にやってきた双子と二人の母であるジョアンナ、歴史学者のモウリーリョ、テレサの姪であるクリスティーナ。


 今日はそこにマノエル医師とヴィトリアの婚約者であるというペリグリンが晩餐に参加することになったようだ。


侍女のベラが先ほど、ベアトリスの手のひらの中に入れた紙片には、今日の夜8時に、サロンまで来るようにと書いてあった。今までメロヴィングから直接何かを指示された事はない、初めてベアトリスが貰った呼び出し文だった。



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