第二十一話 レイチェル・ワトソン
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レイチェル・ワトソンは母が乳母として働いていたこともあり、ブリタンニアの貴族となるプレストン子爵家へ侍女として奉公にあがっていた。
年に2回程、休暇を貰って実家に帰る事が許される為、今年は11月の後半に、ちょっと長めの休みを取る事が許されたのだ。年末年始には帰れないけれど、長い休みが取れるからラッキー!と、密かにはしゃいでいたのは間違いない。
乗合馬車で実家に帰ろうと思っていたところ、レイチェルは見知らぬ男に誘拐されてしまったのだ。最初に連れ込まれたのは港の倉庫のような場所で、すでに8人ほどの女性が恐怖に怯えた様子で泣いていた。
下働きの老婆が一人いて、女達の衣食の面倒をみてくれたけれど、それからも次から次へと女達が運ばれてきて、その数が30人を超えた所で、船へと移動させられる事となったのだ。
誘拐されたのは何処かの貴族の家の令嬢や大商家の娘たちばかり。皆、年が若く、白人金髪で、立ち居振る舞いに品がある令嬢の数も多かった。
異国に高額で売る事を目的に集められたんじゃないかと、皆んなが言い出し、その異国とはアルジェイーナという南大陸にある野蛮な国で、一旦国を出たら二度と戻っては来られないとか、二度と家には帰れないとか、そんな話になって、みんなでわんわん泣いていた。
ブリタンニアを出発し、途中、ルシタニアの港近くの入江らしき場所で停泊したところ、カツラを被ってドレスを着たルシタニア軍の若者たちが潜入してきて、レイチェルたちに色々なことを教えてくれたのだった。
今、船が停泊しているのがルシタニア王国の南にあるラゴスという名前の街であり、すでに入江はルシタニア軍によって包囲されているということ。
逃げ出す際には、海に飛び込むことになるため、スカートの生地を切って量を減らさなければ海の底に沈んでしまうだろうということで、
「なんだったら俺がそのスカートを切ってやろうか?」
黒髪の陰気な男からハサミを差し出されながら冗談まじりに言われた時には、どうしてやろうかと怒りで体が震えるのを感じた。
どう見ても軍人には見えない黒髪の男と顎が突き出た大男が部屋から出ていき、まだ子供にしか見えない子供の軍曹と、女性なのに軍で働いている将校だけが残ることになったのだ。
「食欲がなくてもなるべく食べてください、体力を少しでもつけておかないと冷たい海水に耐えられないですからね?」
子供の軍曹が配ってくれたのが瓶詰めのオートミールで、優しい味とほんのり温かい舌触りから、ホッと一息ついてしまう。カビたパンしか与えられていなかったレイチェルは感謝感激のあまり、
「ルシタニア軍やるなー!」
と言いながら瓶詰め料理を食べきった。
その後、誘拐された女性全員に簡単な聞き取り調査が行われたのだが、
「レイチェル・ワトソンです!プレストン子爵家でメイドとして働いていて、お休みをもらえたからお家に帰ろうとしたんですけどぉ、そこで誘拐されちゃってぇ、今に至ります!」
レイチェルがニコニコしながら答えると、カーキー色のズボンと白のワイシャツ姿に着替えたルシタニア軍の若者二人が、
「え?レイチェル・ワトソン?」
と、心底驚いたみたいな感じで、お互いの顔を見合わせている。
「もしかして、ヘンリー・ベルナドッテっていう人を知ってますか?」
ヴィオと名乗る将校の問いかけに、
「ええええー!なんでヘンリー様の事を知ってるんですかーー?」
レイチェルは驚きの声をあげた。
「私、プレストン子爵家に勤めているって言ったじゃないですかあ?そのプレストン子爵家の御子息、ペリグリンお兄様って私なんかは呼んじゃうんですけどぉ、軍部にお勤めなんですよねえ。で、そのペリグリンお兄様のお友達がヘンリー様でぇ、何度かお茶出しした事がありますう」
「ペリグリンお兄様という事は、あなたのご兄妹か何か?」
「いいえ!まさかあ!」
ケラケラケラと笑いながらレイチェルは説明した。
「私の母、ペリグリン様の乳母をしていたんです。その関係でお兄様と呼んでもいいって言われててぇ、本当は良くないんですけど、ついついお兄様呼びしちゃうんですよねぇ」
「へー〜」
子供にしか見えない二人の軍人は、後ろの方に移動して何かをブツブツ言っている。
「手紙のレイチェル・Wってもしかして・・・」
「ヘンリー・ベルナドッテが・・・」
「・・・関係者・・・」
二人はすぐにレイチェルの前まで戻ってくると、
「もしかして、ブリタンニアの軍部にお勤めですか?」
と、尋ねてきたのだった。
「えええ?意味がわかんなあああい。私、軍に勤めていそうなタイプに見えます?」
レイチェルが思わずほっぺたを膨らませながら尋ねると、
「いいえ、見えません」
「だけど、でも・・・」
と、二人は困惑顔となっている。
ドアの方で鍵をガチャガチャ動かす音が響き渡り、見るからに汚らしい男が二人入ってきた。
この倉庫、ランタンひとつしかないため薄暗く、男たちは目を細めながら、
「美人、美人、美人を連れて来いって言ったけど、どれを連れて行こうかな」
と、言い出したのだ。
「やだなぁ!なんか、全身垢まみれって感じだし、着ているものも古臭くて汚い感じだし、そもそも鼻を摘みたくなるほどの汗臭さだし」
レイチェルが一人で不満を漏らしていると、
「きゃあああああっ!」
腕を掴まれた令嬢が悲鳴をあげた。
「うるせえな、黙らねえと殺すぞ!」
垢まみれが拳銃を引き抜いた途端、船が上下にグラグラグラと揺れるのと同時に、ダダーーーン!という木霊するほどの大きな音が響き渡ったのだ。
「きゃーーーーーーーっ」
轟音と船の揺れでパニック状態に陥り、どこが上なのかどこが下なのかも分からなくなる。レイチェルがへたり込むように座り込み、揺れが少しだけおさまったところで顔を上げると、女を物色に来た男たちが床に倒れてこんでいた。
それを踏みつけにした将校が両手を振りながら、
「はい!みなさん!準備が整ったようです!これから移動しますよお!」
と、言い出した。
すっごい!やっぱり子供に見えても将校さんだったら、なんでも出来ちゃうのね!
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