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第七話  聖アンドレと魚

お読みいただきありがとうございます!よろしくお願いします。

 エスパンナのカルロス王がアレクサンドルにエスパンナ王国の全権を売り払ってしまった為、現在、エスパンナの最高評議会は王都マデルノから南部最大の港湾がある大都市カディスへと移されている。


 この評議会とブリタンニア軍との調整に当たっているのが、ブリタンニア人のジョン・フッカムであり、駐在全権大使の任を受けている。


 ペリグリンの手の中へ挟み込まれたメモ紙は、ジョン・フッカムの部下としてエスパンナ入りをしていたヘンリーからのもので『8時に聖アンドレ教会』とだけ記されていた。


 ヘンリー・ベルナドッテはノルウェー人の父親とイギリス人の母親を持つ下級仕官の男であり、ウエストウィック閣下の手持ちのスパイでもある。


 宿屋へ移動したペリグリンが、

「この街にある聖アンドレ教会には聖人アンドレの絵がたくさん飾られて居るんだろう?」

と問うと、荷物を運んでいたヴィオが嫌そうに顔をしかめた。


 聖アンドレをモチーフにした絵画なのだから、川に集まる魚に説法をする絵も教会には飾られているのだろう。


「昼間の話も気になったし、ちょっと礼拝がてら絵を見に行ってみようと思うのだけど良いだろうか?」

「立派な魚の絵が見られると思いますよ」

アンドレがニコニコ顔で返答し、

「魚じゃなくて、聖人目当ての気持ちで絵画鑑賞してください」

と、ヴィオが言い出した。


 聖アンドレ教会は街の中心地となる小さな丘の上に建てられている。周囲を大きな門構えの家が軒を連ねて居るのはどこの街でも同じことで、港の喧騒は丘の上まで届いてこない。


 ブリタンニア人はそんな事はないのだが、ルシタニア人は特性として丘とか坂の上に金持ちが住みたがるし、坂の下には下々の者が住み暮らす。住む場所で格差を作りたいのか、坂が多い場所に街を作る傾向にあるのだった。


 丘の上にある古くて小さな教会の中は蝋燭の火が灯されており、祭壇に向かって老夫婦が祈りを捧げている姿が見える。


 五十年ほど前に王命で新しく建て替えられた教会で、木工細工の上に金の装飾を施された祭壇が奥に鎮座して、蝋燭の光を浴びてキラキラと輝いているように見えた。天井には王室の紋章が施され、漆喰の壁には聖人の逸話を語る無数の絵画が飾られている。


 その中にはもちろん、魚に説法する聖アンドレの絵もあり、

「ぷっ」

思わず、魚の絵を仰ぎ見たペリグリンは噴き出して笑ってしまった。


 無数の魚が確かに川から頭をのぞかせて居るのだが、その中に一匹、手前の奴の目が琥珀色に塗られていて、口をぱかっと開けた間抜け面、いや、なんというか愛嬌のある顔をしていて、

「ヴィオに似ているかも」

と、口の中で小さく呟いた。


 教会の中にヘンリーは居ない、入り口から誰か入ってくる気配もないため、教会の窓から外を眺めると、夜の闇の中を馬車がゆっくりと進んでくる姿が目に入る。

 教会には沢山の信者が訪れる為、馬車を停めておける場所は広く作られている。教会の裏手に設けられたその場所へ進んでいく馬車はどこか気になるもので、教会の裏手から回って外に出る事にした。



     ◇◇◇



 聖アンドレ教会に向かったペリグリンは、教会の中でしばらく絵画を眺めていた為、

「あの中の魚にお嬢様に良く似た魚がいるんですよ」

と、アンドレが言い出した。

「ムカつくーーー・・・」


 ヴィオは生まれ変わる前はスイミングスクールに通っていた事もあり、泳ぐことが好きだ。軍に所属している間はこっそり川で泳ぐなんて事はよくやっていたものだ。


 悪役令嬢の割にはグラマラスに生まれず、いくら食べても痩せ細って骨っぽいため、晒しを巻いた上で衣服着用のもと泳いでいる限り、誰も女だとは気が付かない。川から上がるときにいつもアンドレがフォローしてくれるから、安全だったという事でもあるんだけれど。


「アンドレの説教と川魚の話に私を登場させるのはやめてくれないかな?」

「ですが、お嬢様は川魚みたいな人じゃないですか」

「そこは人魚と言ってくれないかな?」

「・・・・」


 貧相だから人魚枠には入らないと?あくまで川魚だと?そうですか!そうですか!人魚といえばグラマス、おっぱい大きいお姉ちゃんの象徴ですもんね!


「お嬢様、どうやら馬車がこちらに向かってきているようです」

「ん?」

 確かにそうかも。


 食堂を出たところでペリグリンに紙片を渡してきた男が周辺に居ない事は確認済み。後からやってくるのだろうとは思ったけれど、馬車を利用したという事だろうか?ヴィオとアンドレが馬車が停車した方へ向かっていくと、二人の男にあっさりとペリグリンが拘束されて、馬車の中へと押し込められている姿が見えた。


「お嬢様?お嬢様!」

「アンドレは後から追いかけてきて!」


 すでにペリグリンを乗せた馬車は走り出しているため、足が悪いアンドレの代わりにヴィオが走るしかない。


 教会の裏手から飛び出した馬車はつづら折りとなった坂道をくだって行く、有難い事にこういう坂だったら例え馬がなくても追いつく事は可能なのだ。


 ヴィオは木々が生い茂る急斜面を一直線に滑り降りていくと、途中、何箇所か城壁の名残となっている煉瓦で出来た壁を飛び越えた。漆黒の夜空に銀色の星が瞬く姿を仰ぎ見ながら、ヴィオの体が宙を飛んでいく。


 重力に従って落下し、古びた馬車の屋根の上にヴィオは着地をすると屋根はひしゃげ、ひび割れた木の破片が雨のように周囲に飛び散った。


「なんだお前!」


 御者台に座る黒髪の男が驚きの声をあげてこちらの方を見上げるので、ヴィオは飛び降りて拳を握り、胸ぐら掴みながら何度も、何度も、殴りつける。すると、ぐらりと車輪が揺らぎ、馬車がゆっくりと斜めに傾いていった。

「わああああ!」

 馬車は衝撃に耐えられず横転、ほんの少し車体を引きずった後、馬も横倒しとなって嘶いた。


 横倒しになった後も馬車の下面が浮き上がり、屋根と床とがほぼ逆向きとなってグラグラと揺れている。

「この!大事なお客様を攫った誘拐犯が!!」

 ボコボコにした御者を引きずりながらヴィオは横転した車体へと移動し、銃を引き抜きながら馬車の扉を開ける。すると、ペリグリンを抱きしめた大男が大泣きしながら飛び出してきて、

「兄ちゃんをいじめるなよお!」

と、子供みたいに大声をあげたのだった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] まだ途中までしか読んでないけど面白いです。 [気になる点]  ヘンリー・ベルナドッテはノルウェー人の父親とイギリス人の母親を持つ下級仕官の男で、ウエストウィック閣下の間諜でもある。 ノル…
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