第二十一話 悪い奴は悪い奴であるべき
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妹のようにベアトリスを可愛がるクリスは、絵本を見せながら言い出した。
「ほら、このお話だと王子様が実は浮浪児で、浮浪児だった子が王子様だったんだよ。物語の最後では二人は入れ替わり、元の正しい場所に戻る事が出来るんだけど、僕は現実でもそうあって欲しいって思っているんだよね」
物語の中の王子様は乱暴で意地悪で、みんなに物凄く嫌われていて、正しい王子様が戻って来た時には、周り中のみんなが拍手喝采で大喜びしているようだ。
クリスは子供にするようにベアトリスの頭を優しく撫でながら、
「うちのヴィトリアは物凄く我儘で残虐で、それでいて想像できないほどの変わり者なんだよ」
と言い出した。
「この物語の王子様みたいって事ですか?」
「そうだね」
クリスは薄水色の瞳を細めながら悲しげに笑みを漏らした。
「婚約者のアルフォンソ王子も本当に、本当に、お困りなんだよ」
「まあ、そうなんですか」
「王宮でも嫌われていて、あまりの我儘に専属の侍女すら付かないらしい。エマヌエラ様専属の侍女達がいやいや面倒をみているっていうんだよ。フォルハス家の名誉を守るために、僕は早急に婚約者を下ろした方が良いと思っているし、みんなもそう思っているんだ」
「そうなんですか、フォルハス家の品位を下げるわけにはいきませんよね?」
「そうなんだよ!」
「だったら皆様が理解されると宜しいですよね?」
「そうなんだけどね」
困り果てたように笑うクリスを見ると、ベアトリスは小さく小首を傾げて見せたのだった。
公爵家で働けるようになったベアトリスは、公爵家に対して大きな恩を感じていた。
クリスが言うには、ヴィトリアには大きな問題があるという。
性格的に問題があるヴィトリアが王子の婚約者で居続けることがクリスには不安なようで、困り果てたような顔でベアトリスの方を見上げるのだ。
公爵家として問題だというのなら、その問題が明るみとなった方がいい。
そうベアトリスは考えた。
「ベアトリス・・・一体どうしたの?」
紅茶で濡れたメイド服のまま配膳室へとベアトリスが戻っていくと、片付けをしていたメイドが驚いた様子で駆け寄ってきた。
「誰がどうして・・」
「いえ、私が悪いんです」
「悪いって、ベアトリスがなんで悪いの?」
「あまりに似ているからって・・でも・・大丈夫ですから」
普段、ほとんど公爵邸にはやって来ないヴィトリアは、夫人がつわりで苦しんでいる事もあって、たびたび邸を訪れるようになったのだ。王宮に戻らず本邸に泊まる事もある為、彼女が普段使用する部屋が公爵邸にも用意されていた。
ベアトリスは紅茶を片付けに行った際には、わざと自身のメイド服を汚し、掃除に入った先ではシーツをビリビリに引き裂いた状態で洗濯室へと持っていき、部屋の壁にわざと花瓶が投げつけては、数々の嫌がらせを受けるようになったというように見せつけると、
「ああ、お嬢様はやっぱりそういう方だったのよ」
と、みんながみんな、囁くように言いはじめたのだった。
ベアトリスは誰にやられたかなどとは言わない。しかし、取り立てて深くは気にせずに、クリスが求める方向へ想像が膨らんでいくことになるのだった。
ヴィトリア様の不満の爆発の痕跡を目の当たりにしても、使用人たちは口を閉ざしている。夫人がヴィトリアをとても可愛がっている為、つわりで苦しむ夫人にこれ以上負担をかけまいとしていたのだった。
家を切り盛りしていた奥様の体調不良に加えて、筆頭執事の目が公爵邸から離れている間に、ヴィトリアへの嫌悪と反感が使用人たちの間に染み渡るように広がっていく。その様子に誰も異を唱えることがなかった為、ベアトリスは思わずホッとため息を吐き出したのだった。
もしもヴィトリアが素晴らしい心根の持ち主だったなら、今の状況を仕向けたベアトリスは吊し上げを食う事となっただろう。だけれども、今のところ誰も何も言わないという事は、ヴィトリアがクリスが言う通りの問題がある人だったという証となるのだろう。
「クリス様が忘れ物をしたっていうんだけど、ベアトリス、あなた、王宮まで届けに行ってくれるかしら?」
侍女頭がベアトリスを呼び出すと、一通の封筒を渡してにこりと笑った。
「あなたの顔を見たらクリス様も元気がでると思うのよ」
クリスが相変わらずベアトリスにお菓子をプレゼントすることもあって、周りの使用人はクリスがベアトリスに好意を寄せていると考えているのだった。
初めて訪れた王宮は見上げるほどに素晴らしい建物で、青空を突き上げるような鋭い純白の尖塔が何本も伸びているのが見えた。
王立学園に通っているクリスは、現在、文官として王宮への出仕も始めているのだった。クリスを呼び出してもらったベアトリスが小さな中庭で一人ぽつんと立っていると、
「まあ!あなたヒロインじゃない!」
と、廊下の方から声をかけられることになったのだ。
渡り廊下からこちらの方へと歩いてきたのは、ピンクブロンドの髪の毛を緩やかに結いあげた美しい令嬢で、新緑のような瞳をキラキラと輝かせながら、
「私、ベネディッタ・ボルボーン!ボルボーン男爵令嬢よ!」
と言ってベアトリスの手を取って握手をする。
男爵令嬢が何故、一介のメイドに挨拶をするのかベアトリスには理解ができない。
「ベアトリス・リンゼーと申します、フォルハス公爵家のメイドをやっております」
繋がれた手を離し、侍女頭に教えこまれたカーテシーをすると、ちょっと驚いた様子で目を見開いた男爵令嬢は、
「綺麗なカーテシーじゃない!攻略が無事に進んでいるようで良かった!良かった!」
と、言い出した。
「あの・・攻略って何ですか?」
「こんな所で立ち話もなんだし、そこのベンチに座りましょうよ。ああ、ついに第二ヒロインとエンカウントイベントなのね!クリスに書類を届けに来たのでしょう?たぎるわーーー」
何を言っているのかベアトリスには全く良くわからないのだった。
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