第十七話 夫婦仲良しは良いことです
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ルシタニアを属国にしようと企んでいる隣国メロヴィングが海戦でブリタンニアに負けたという一報が届いた翌日の朝のこと。
フォルハス公爵邸にあるご夫妻のベッドが非常に乱れていることに気がついたベアトリスは顔を赤らめていた。
「ベアトリス、シーツの交換は出来た?」
「はい!ベッドメイクは済んでいます!シーツを洗濯室へと運んでおきますね!」
赤い顔を隠すようにして汚れたシーツを抱えたベアトリスは洗濯室へと向かう事にした。
飴色の髪の公爵家の夫人は女神のように美しい人で、再婚当初は粗雑に扱っていた旦那様も、今では奥様に夢中となっている。その溺愛ぶりはシーツの汚れを見ていれば良く分かるというものだった。
娼館から逃げ出して公爵邸へと辿り着いたベアトリスは、下級メイドとして働くことになったのだ。公爵家で働く人々は、皆が皆、
「ベアトリスはお嬢様によく似ているね」
と言う。
第二王子であるアルフォンソの婚約者であるヴィトリアは、ベアトリスの髪色ととても似ているのだという。年齢的にもベアトリスの一つ上ということもあって、後からパッと見ると非常に良く似て見えるのだと言われるのだった。
銀のペンダントを見せて公爵家に雇われることとなったベアトリスだが、どうやら公爵家の当主はベアトリスの実の父という訳ではないらしい。ただ、ベアトリスの父となる人がとても高貴な血を持つ人となるため、公爵家としても保護する形としたいのだという。
ここを追い出されてしまえば、元いた娼館に戻らなければならないことになってしまう為、例え下級メイドだとしても、職を与えてもらえたのは有り難いことだった。
出自の説明をした際に、公爵家の執事がわざわざ娼館まで確認に行ってくれたらしい。
母はすでに亡くなっており、共同墓地に埋葬されたということで、一度、ベアトリスは母が葬られた墓地まで行くことを許された。
母が亡くなったことで、身寄りの者が誰一人居なくなってしまったベアトリスとしては、どうあっても公爵家の仕事を失うわけにはいかないのだった。
「ベアトリス、こっち、こっち」
廊下の向こう側で、公爵家の三男であるクリスが手招きしていた。クリスは十五歳、頬のそばかすが少年らしさをあらわしていた。
「お菓子を手に入れたから渡したくて」
「マカロンですか?綺麗ですね!」
クリスが開けた箱の中には色とりどりのマカロンが詰め込まれていたのだった。
「有り難うございます!今日は洗濯室で働くので、みんなで食べさせて頂きます」
「僕はベアトリスにあげるんだけど」
「一人で食べるよりも、みんなで食べた方が美味しいですから」
シーツを抱えながら何とかベアトリスが箱を受け取ると、
「ベアトリスは本当はメイドとして働かず、もっと良い待遇を受ける事も出来るのに」
悔しそうにクリスが言い出した。
「私は今の境遇に満足していますよ?」
母と同じように、毎日、毎日、知らない男の人を招き入れる生活よりも、公爵家で働いている今の生活の方が断然向いているようにベアトリスは思っていた。
「ヴィトリアさえいなければ」
「クリス様?」
「ヴィトリアさえいなければ、ベアトリスがフォルハス家の養女になっていたかもしれないのに」
「あの・・仰っている意味が分からないのですが・・」
「クリス、そんなところで何をしている?」
後ろを振り返ると、少し離れた所にクリスの兄であるルイスが立っていた。
近衛隊に入隊したルイスはとても逞しい体つきをしており、精悍な顔立ちをした偉丈夫なのだ。
「申し訳ありません」
ベアトリスが廊下の端に移動して頭を下げると、ルイスは大きなため息を吐き出した。
「仕事に戻れ」
「はい、失礼致します」
シーツを抱えながら逃げるように走り出すベアトリスの後ろから、何かを嗜めるような声が聞こえてきた。しかし、何を言っているのかは良くわからない。
「すみません!遅くなりました!」
洗濯室に飛び込むと、すでにお湯をタライに入れて洗濯を始めているところであり、
「これ、クリス様から頂いたお菓子です、皆さんでどうぞとの事で」
シーツの間から箱を取り出してテーブルの上に置くと、
「あらあら!クリス様は妖精姫に夢中なんだねえ!」
という声が上がった。
「みんなで食べるなんて言わずに、一人で食べちゃってもいいんだよ?」
「いいえ!いいえ!私一人で食べられる量ではありませんから」
ベアトリスは急いで靴を脱ぐと、素足でタライの中に飛び込んだ。
「ああ、今日も妖精のダンスを見ようと男どもがやって来るだろうね」
「本当だよ!暇な奴らが性懲りも無くやって来るだろうさ」
「妖精のダンスって何ですか?」
「分からないならいいさね」
洗濯室のマダム達は困ったような、呆れたような顔をして笑うのだった。
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