第十六話 メロヴィング大敗す
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「リカルド、ヴィトリアは今、どこに居る?」
執務室の扉を開けて早々、ジョゼリアンの側近であるリカルドが問いかけられる。
「今ですか?多分、エスパンナではないでしょうか?」
と、答えると、
「アルフォンソの奴、知っていて黙っていたな」
ドカリと椅子に座りながら自分の髪の毛を掻き回し始める。
ヴィトリアの事は婚約者のアルフォンソが面倒をみているのだが、基本放置が彼の信条だ。
「殿下はエマヌエラ様とピクニックに行ったのかと思いました」
「途中で影と交代したよ」
暗殺の恐れがあるジョゼリアンには自分と良く似た配下の者が数名用意されている。うつつをぬかして外で遊び歩いているように見せかけながら、その裏では公務に取り組んでいる事が多い。
「ヴィトリアが言うところの影武者作戦というやつだよ」
「影はわかるんですけどムシャってなんですかね?」
ヴィトリアはなんでも前世の記憶というものを持っているらしい。驚くべき事に、公爵家に後妻として嫁いできたシルヴァ伯爵の娘であるイーリャ夫人も前世の記憶というものがあるという。
2年前、二人の初顔合わせの時には、リカルドは二人が何を言っているのか全く理解できなかった。それだけ前世の記憶持ちというものは、言語の内容に理解を越えたものを多く含むように出来ているらしい。
「ヴィトリアが言うには最短攻略ルートというものを進めていく事になったら、私はあっさり死ぬか、頭が狂ったと言われて廃嫡されるらしい。そうなったら困るから影武者を複数利用しているのだが」
「殿下はお助けサポートキャラだとか何とか言っていましたよね?ですから、お助けキャラの殿下がボルボーン令嬢ともっと仲良くなさったら、色々と見えてこなかったものが見えて来るんじゃないでしょうか?」
「嫌だよ」
王子は顔をくちゃくちゃにした。
「なんなのそのお助けキャラって?一体何のどこを助けるってわけだ?」
「ボルボーン令嬢に情報を提供するらしいですよ?」
「何の情報を提供するっていうんだ?」
「ですから、アルフォンソ殿下の女の好みとか?食の好みとか?」
「知るかそんなの!」
王子が乱暴に樫材の執務机を殴りつけると、ノックが室内に響き渡った。
一通の手紙を持って現れた侍従は恭しく辞儀をして部屋から出ていくと、渡された手紙に目を通した王子が、
「この手紙が記された日にちを見ると、相変わらずゾクゾクするな」
と言って私の方へその手紙を渡してきた。
渡された手紙は話題に上がっていたヴィトリアが記したもので、日付のサインは昨日のもの。隣国エスパンナの最新の情報が今、届いたという事になる。
「殿下は賭けに勝利したという事になりますね」
「何を勝手にエスパンナまで自ら出向いているのだと思っていたが、その勝手な行為はこの手紙で不問にしてやろう」
「しかし、それにしても、書いた手紙が届くのがあまりにも早い」
前世の世界には郵便という非常に便利なシステムが存在したという。
5年をかけて幹線道路の整備を続け、各都市の物流拠点を王家の管理としたのは外国の諜報員を出来るだけ排除するため。戦争は間違いなく起こるという前提の元、五年間を準備に注力し続けた。その為、隣国からの手紙が以前は最短でも5日かかっていたところ、場所によっては1日で王都リジェに届くようになったのだ。
「トラールの海戦でまさかメロヴィングが大敗するなんて!」
これは最近では稀にみる吉報だ。
メロヴィングの皇帝アレクサンドルがヨーロニア中央を鉄壁の強さで守り続けてきたオラスムニア軍を破り、大都市ウィアナを占領した。オラスムニアの皇帝はロナリア帝国を味方につけてメロヴィングを討ち果たそうとしたものの、数の上では圧倒的に劣勢だったメロヴィングに大敗し、神聖オラスムニアの血筋がここに途絶えたのだ。
アレクサンドルはオラスムニアを倒した事により、ヨーロニア中央をほぼ制圧した事になる。
「メロヴィングに逆らったブリタンニア王国を滅ぼそうと考えたアレクサンドルも、海ではうまくいかなかったようだな」
「メロヴィングの海軍がほぼ全滅ですか・・これで我が国はメロヴィングに海から攻撃を受ける事は無くなったという事になりますね」
エスパンナ王国の海域で展開したブリタンニアとメロヴィングの海戦は恐らく歴史に残る大規模なものとなっただろう。メロヴィングと蜜月関係にあるアルジェイーナも、まさか大敗するとは思っていない、今頃何を考えているだろうか。
「最初、ヴィトリアから乙女ゲームがどうとか何とか言われた時には頭が狂ったかと思ったものだが、ここまで予言が当たるとなると思わずゾッとしてしまうな」
「ヴィトリアが言う通りなら、メロヴィングはエスパンナ経由で我が国ルシタニアを滅ぼしにやってくる」
「その時までに、私の命があるのかないのか・・・」
「絶対に死なせません」
リカルドはそう断言しながらも、王子の両手が微かに震えている事に気がついていた。
王子が死ねば、アルフォンソ王子が第一王位継承者となる。
ジョゼリアンが第一王位継承者となるか、アルフォンソがなるかでこの国は大きく変わっていくと予言では言われているのだ。
「なんにせよ、今は同盟国の勝利を喜ぼう」
ジョゼリアン王子が気を取り直すようにして笑顔を浮かべるので、
「そうですね!今はブリタンニアの勝利を祝福しましょう」
と、リカルドも笑顔で答えるのだった。
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