第十一話 私は娼婦の子
お読みいただきありがとうございます!よろしくお願いします。
私の名前はベアトリス・リンゼー。
私の母は娼館で働いているので、私は娼館生まれの娼館育ちという事になる。
私の父は花街の妖精姫とも謳われた母の最初の客であり、三月の間、母を専属として囲っていたらしいです。
その三月の間に母は私を妊娠して、この金払いの良い客はきっと母を妾として身請けして、子供共々面倒をみるのだろうとみんながみんな、そう思ったそうです。
確かに父はとても金払いの良い客だったようなのですが、母の面倒をみるつもりはさらさら無かったようで、母の肖像画が入れられたロケットタイプの純銀のペンダント一つを母に渡し、後は君の自由だという一言を残して、母を捨てて行ってしまったそうです。
身請けはしませんでしたが母が自由になれるお金だけは娼館に入れてくれたようで、文字通り母は自由の身となったわけです。ですが、母もまた、私と同じ娼館生まれの娼館育ち。狭い世界しか知らない母がたった一人、乳飲児を抱えて生きていく事は難しく、結局娼館に残る事を決めました。
意外に思うかもしれませんが、娼館の人間は商売道具となる娼婦の妊娠に寛容です。
出産の時期には流石に商売をする事は出来ないですが、上客が取れるほどの娼婦から生まれてくる子供は美形の者が多く、子供のうちから躾も施せるし、掃除や洗濯、子守りなどの働き手にもなる。そうして成長すれば、客を取らせて金を産み出す事になるわけですから、借金のかたとして売りに出された子供を買ってくるよりも、随分と得になるわけです。
私達親子に対して周りのみんなは良くしてくれましたが、みんながみんな、私の父はきっとブリタンニアの貴族だろうと言いました。私の髪は、ハニーブラウンの髪色の中に金が所々混じり、はちみつの瓶をぐるぐる回して所々陽の光を浴びて輝いているような色合いをしています。こういう髪の毛の人がブリタンニアの貴族の中に時々いるのだそうです。
「あの子の母親は今ではすっかり病でやつれちゃってはいるけどね、昔は妖精姫と呼ばれる程の美しい子だったもの。それになんといっても、あの子には貴族も顔負けの気品っていうものがある!初夜にはどれ程の金がつくことやら!」
最近のマダムはそう言ってキヒヒヒッと変な笑い声をあげていましたが、そんなマダムを周りのお姉さん達が嫌そうな目で見ているのが気になりました。
肺を患っていた母は寝込む事が多くなっていましたが、いつも私の手を握って笑顔を浮かべてくれます。
そうして銀色のペンダントを私に握らせながら、
「絶対に、無くさないで、大切にしてね」
と言いました。
「その時が来たら、お母さんのこれから言う場所に逃げなさいね」
母はコホコホと咳をしながら、普通であれば私が行ってはいけないような場所を説明すると、
「同じペンダントを持っている女の子がその家に入って行く姿を見たことがあるの。だからね、きっとそこの家に行けば、貴女のことをきちんと理解してくれるわ」
と言って母は私のことをぎゅっと力を込めて抱き締めました。
お姉さん達はとても優しいし、食べる物にも困らず、寝床だってきちんとあります。私としては娼館から逃げ出さなければならないという事が今一つピンと来なかったし、母とは離れたくありませんでした。だけど、母の言うその時は意外にも早く訪れる事となったのです。
「ベアトリス!」
いつも優しくしてくれるお姉さんのうちの一人が私の腕を掴んで引き寄せると、裏口の扉から外へと引っ張り出して、
「今からすぐに逃げなさい」
と、怖いような顔で言いました。
「に・・逃げる?」
「早く!」
「お母さんは?」
「あんたの母さんは客を取ってる、だけど、あれじゃあもう・・」
幽霊みたいな表情を浮かべたお姉さんは首を横に振ると、手提げ袋を私の肩からかけ回して、
「あんた達親子は本来自由の身なんだ!ごうつくババアが何をどう言ったって、あんた達には借金の一つもない。あんた一人くらい居なくなったからって、どうのこうの言われる筋合いはないんだよ」
そう言って私の肩を掴んで回れ右をさせました。
「いつもの買い出しに行く道があるだろう、今日はそこの脇道にテオが居るから、買い物を手伝って欲しいとお願いしな。渡す金はそこの手提げ鞄に入っているから、それを渡したらいいんだよ」
そう言って私の背中を抱きしめると、
「幸せになってね」
そう言って背中を押してくれたのでした。
脇道で待っていてくれたテオは自分の服を用意していてくれていて、私はすぐに男の子用の洋服に着替えて帽子を被り、靴も履き替えて顔や腕に泥を塗りつけました。
テオは私が行きたいと告げた場所を聞くと、最初、酷く驚いた顔をしたけれど、大きく一つ頷いてくれました。
途中、何度も休憩しながら歩いていって、ようやく目的の場所に到着した時には日がとっぷりと暮れていました。
そこは想像以上に大きなお屋敷で、テオはその前まで来ると役目は終わったと言って元来た道を引き返してしまいました。
一人になった私がようやっと門番さんの所まで行くと、ロケットタイプの銀色のペンダントを見せながら、
「この屋敷の執事を呼んでください」
と言いました。
「お嬢様?」
薄暗がりの中で私の顔を覗き込んだ門番はちょっと驚いた様子でそう呟くと、首を横に振り、横にいた同僚の人に何か言っているようでした。
無視されたり、追い出されたりしなくて良かった・・・そう思いながら安堵のため息を吐き出していると、しばらくして、漆黒の執事服を着た大きな体の男の人が慌てた様子でやってきて、私の手に持つペンダントを見て酷く驚いたような顔をしました。
私は今までブリタンニアという異国の貴族が父なのだと思っていましたが、もしかして、ここの屋敷にいる誰かが父という事になるのでしょうか?
執事は私を屋敷の裏口の方へ案内して、従業員用の食堂の椅子に私を座らせると、誰かを呼びに行っているようでした。
もしかしたら、父との初めての対面という事になるのかもしれません。
もしも父が、みんなの記憶にある通り、気さくで朗らかな人であるというのなら、今も娼館にいる母を救い出してくれるかもしれない。
しばらくの間待っていると、執事に連れられて、飴色の髪の毛を一つに束ねた美しい女性が現れました。
この屋敷の女主人なのでしょう、ドレープがいくつも重なる金の薔薇の刺繍模様が入った美しいドレスを着たその女性は、私の顔をまじまじと見つめると、
「え?ヒロイン?現れるの遅くない?」
サッと扇で口許を隠しながら、ボソボソと何かを呟いてる。
「奥様?」
問いかける執事の方を見た奥様は何度か咳払いをしながら、
「ちょっと混乱して・・」
額を抑えて物憂げな表情を浮かべると、
「私も混乱しております」
と答えた執事は口をへの字に曲げました。
ここまでお読み頂きありがとうございます!
もし宜しければ、☆☆☆☆☆ いいね ブックマーク登録 よろしくお願いします。




