第二十八話 悪役令嬢の怒鳴り声
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ジョアンナは、気難しい顔をして領地にばかり行く自分の夫が苦手だった。
確かに夫のおかげで何不自由なく生活を送れているのは間違いないのだけれど、気難しい夫と余生を共に送るくらいなら、ジェラールと楽しくおかしく過ごしたい。
子供たちはこれから戦争になるルシタニアに残るくらいだったら、メロヴィングに逃げ出した方が良いだろうと言ってくれている。ジョアンナは家族の安全を勝ち取る為に、今まで居たくもない領主館に居続けて、中の情報を外に送り続けていたのだ。
だからこそ、別にあばずれ娘が居なくたって何の問題もないと考えていたわけだ。あばずれはすでに歴史学者の慰み者になっているのは知っている。
あの頭のおかしな男は、あばずれ娘に夢中となり、領主代行であるテレサを殺した後は自分の部屋にあばずれを軟禁し続けていたのだ。結婚前に純潔を失ったのだから、何の利用価値もないのに違いない。
だから、何の問題もない。ジェラールが私を愛してくれるのだから何の問題ないのだ。
部隊長であるギャスパーが引き金を引くと、額を撃ち抜かれたジョアンナが地面へと倒れ込んだ。
「「キャーーーーーーッ!」」
「お前らはこっちだ、悪役令嬢を誘き出す餌になるんだからな」
銃声と双子の叫びはうまい具合に響き渡り、城壁の上でもこちらへ視線を向け始めている。
領主館は王家の別荘であるだけに、城壁で囲まれる作りとなっているのだが、大門の前ではボンパル侯が引き連れた兵士たちが、飢えた狼のような様子で集まっていた。
ルシタニアの前王が亡くなってからというもの、冷飯食いとなっていたボンパル侯とその一族は、王家と共にコンドワナ大陸に行くことも出来なかった。これから激戦地となるルシタニアに置いてきぼりを食らった一族は、起死回生を狙ったのは間違いない。
自分は国王に代わり、政治を回して来たという自負がある。であるのなら、メロヴィングの皇帝にルシタニアを明け渡すための一助となって、後の治世で確固たる地位に就けば良いのではないのかと考えた。やりようによっては、自分こそがルシタニアの王となれるかもしれない。
まずは王都を落とすための拠点として、女王領であるカルダスの地を支配下に置く。そうして王都を背後から突く形で攻め入れば難なくルシタニアの王都は陥落することになるだろう。
「自分を排除した今の王家に吠え面をかかせてやる!」
未だに下民の抵抗に手を焼いて城門の一つも開いていない、過去の栄光に縋り付き、頭の足りないボンパル侯を押し退けながらギャスパーは封鎖された城門の前まで出ると、双子の首にナイフを当てたジェラールがギャスパーの後ろからついてくる。
子供みたいな遊びを繰り返していたボンパル率いる領主軍が後ろに下がり、入れ替わるようにしてメロヴィングの部隊が前方へと進み出た。
領主館を囲む原生林は夜の闇の中に沈みこみ、赤紫色に染まり上がっていた空も、次第に漆黒の闇へと変わろうとしていた。太陽がすでに沈みきっており、最後の明かりを頼りに鳥が羽ばたく音が空を横切って行った。
「ヴィトリア・デル・フォルハス!子供たちを殺されたくなければお前だけ出て来い!お前が今すぐ!ここに出てくれば!館に立て篭った人間の命だけは助けてやる!」
母親が目の前で殺されているだけに、双子は恐怖に引き攣ったような悲鳴を上げながら泣いている。
今まで火炎瓶を投げたり、銃弾を打ち返したりしていた敵側の動きも、今はピッタリと止まっていた。
「悪役令嬢!出てこないのか!子供が死ぬぞ!」
日が沈むまではボンパル侯の好きなようにやらせたが、日が暮れてからはギャスパー・ドパルデューの出番となる。
悪役令嬢と呼ばれるヴィトリアは、教会組織と連携をして、女、子供、老人の救済に乗り出している変わり者らしい。
多額の資金を使って住民の避難を最優先とした訓練を実施し、戦争では見向きもされない踏み潰される弱者を、わざわざ掬いあげるような活動を行っている。夏の戦いでルシタニア入りをした兵士に確認を取ったところ、こんな事を言っていた。
「向こうはこちらがどんな動きをしているのかを十分に理解したうえで先手、先手で動いているんです。我が部隊が村を急襲して食糧を確保しようとしても、すでに村の中はもぬけの空となり、食糧なんかも運び出された後となっているのですよ」
「避難指示というものがあるようで、すぐさま、年寄りどころか猫の子一匹まで連れ出して居なくなってしまうんですね。あれは本当に脅威でした」
「我らが兵糧も尽きた頃に、丘の向こうでは敵軍が食事を楽しみながら楽器を鳴らしている姿が見えるのです。戦地で楽器などと思うかもしれませんが、我らはあの姿を見て、自らを顧みてしまうのです。我らは腹を空かせ、女を抱くことも出来ず、略奪出来たものもほんのわずかなもの。こんな遠くまでやって来たのに、どうしてこうなったのかなって」
悪役令嬢を子供を餌に誘き出す事が出来るのか、そう尋ねたところ、
「それは有用だと思います。奴ら、子供をやけに大切にしていますから」
と、みんながみんな、そう答えていた。
「ヴィトリア・デル・フォルハス!いや、ヴィオ・アバッシオと言った方がいいのか!今すぐ出てこないと子供が死ぬぞ!」
ナイフの刃先が首の皮膚を引き裂いて、子供の悲鳴が響き渡る。
「うるせえ!黙ってろ!」
バタンッと鉄の扉が閉まると、一人の軍服姿の少年が両手を上げながらこちらの方へと歩いてくる。先程の言葉は門の向こう側に向かって叫んだ言葉のようで、琥珀色の瞳を向けた少年は立ち止まる。
この少年こそコーランクールの言う『悪役令嬢』なのだろう。こいつの死体を持っていくだけで、皇帝から褒美を賜るチャンスを手に入れることが出来るのだ。
「子供がギャーギャー叫んで耳障りでうるせえわ!」
悪役令嬢が勝ち気に怒鳴り声を挙げた。
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