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コメディー系

「ふーん」と言う人達

作者: 蜜柑プラム

 小学校の授業でかいた絵が表彰されたとき、母は「よくやったね」と言って喜んだ。

 中学校で生徒会役員になったとき、母は「そんな立派な事ができるの?!」と言って驚いた。

 大学受験に合格したときには、「あんなに頑張ってたんだから信じていたわ」と言いながら涙を流した。


 そして俺は今日、志望していた大手の自動車会社から内定の連絡を受け取った。


 「失礼します」と言って俺は携帯の通話を切った。その手で携帯を強く握る。目を閉じる。俺は湧き上がる喜びを吐き出した。

「よっしゃあ!!」

 これまでの努力が報われた。何ものにも代えがたい達成感だった。「よしっ!よしっ!」と言いながら首を縦に振る。意味もなくそわそわしながら部屋の中を歩きまわった。


 ドアを開けて、ドタドタと階段を降り、一階のリビングに向かう。リビングで母親はテーブルの席に座っている。母親に報告しよう、この達成感を伝えよう。母親を喜ばしてやろう。


「母さん!会社から連絡があった。内定、決まったよ!」


「ふーん」


「……」

 あれ?反応がうすい。息子がついに内定を勝ち取ったというのに。


「内定!決まった!内定だよ」

「ふーん」


 母の返事はそっけない。この人って俺の母親だよな?もっとこう、びっくり大喜びしてほしいんですけど。


「母さん?なんか変じゃない?」

「ふーん」


 母はポケットから携帯を取り出した。父親の番号を呼びだして、発信ボタンを押した。相手と通話する。通話してる?のか?


「ふーん。ふーん。…………ふーん。……」


 母は携帯を俺に差し出した。通話相手の父と話せということだろうか。俺は携帯を受け取って、耳に当てた。

 携帯からは父の声で、「ふーん、……ふーん」と言っているのが聞こえた。元気そうではある、しかし何かがおかしい。


「父さん!?なんかおかしくない!?しゃべれる?」

「ふーん」


 そうか、わかった。この人達は「ふーん」としかいえない病気になったのだ。絶対そうだ。そういう事にしよう。


「父さん、俺内定決まったよ」

「ふーん」


 息子の内定に父親が「ふーん」としか言わないのはやはり傷つく。でもそういう病気なのだと自分に言い聞かせた。

 通話を切って携帯を母親に返した。その後も、ふーんふーんと言っているので、俺は嫌になって、家から出た。


 俺は家の近くにある馴染みの喫茶店に入った。いつもの窓際の席に座る。ウェイトレスが注文を取りに向かって来た。そのウェイトレスは日頃からこの店でちょくちょく顔を合わせる人だ。おれはいつものようにコーヒーを注文する。


「ホットコーヒーで」

「あっそ」


 ウェイトレスは俺に背を向けて奥のカウンターに戻っていった。そっけなかった。いつもはこんな態度をとる人ではなかった。おれは奥にいるウェイトレスに聞こえるような声でもう一度注文する。


「すみません。ホットコーヒーでお願いします」


「あっそ」


 傷ついた。結構かわいいなと思ってたからそれ相応に傷ついた。嫌われてるのか。

 しばらく傷ついていると、カウンターからウェイトレスがこちらにやって来た。そして俺のテーブルの上にコーヒの入ったカップを置いた。

「あっそ」

 笑顔でそう言って、ウェイトレスはカウンターに戻っていった。


 そうか分かった。あの人は「あっそ」としか言えない病気になったんだ。なんだなんだ、嫌われたわけじゃなかったんだ。良かった……いや良くは、ない。

 いや非常にまずい。両親がふーんとしか言えない病気で、喫茶店の店員があっそとしか言えない病気なのだ。俺の周りの人がみんな変な病気になったんじゃないか?俺は誰ともまともに話せないんじゃないか?どうしたものかと悩んでいる所だった。


 カランカランと喫茶店の入り口のドアが開く。入って来たのは俺のよく知る顔、幼馴染みのユカだった。俺とユカは高校の時から付き合っている。

 おもわず「ユカ」と呼んだ直後、俺は不安になった。もしかして彼女も変な病気になって会話ができないのではないかと。


「あ、カズキ。偶然だね」


 俺はほっとして笑顔になった。ユカは例の病気じゃなかった。安心した俺は「こっちきたら」と彼女を手招きした。

 ユカは俺の座るテーブルの前に立った。そしてテーブルをバンと力一杯に叩いた。


「カズキあんたさ!日曜日に女の人と手つないでたの見たよ!!どういうこと!!」


「うっ……」

 まずい。相当まずい。浮気の現場を見られた。言い逃れを考える。なんて日だ。せっかく内定が決まったのに、なんてついてないんだ。

 頭がくらくらしてくる。


「黙ってないでなんか言いなって!!ホテル街の方に歩いてったでしょ!見てんだよ!」


 俺はこめかみが痛くなって、頭が働かなくなってきた。

 それはまるで、病気になったようだった。


「聞いてんの?!!しゃーべーれ!」


「ふーん」


「はあ?!!何それ!あんたらお揃いコーデしてたでしょ!どうなってんだっつの!!」

 彼女はまたテーブルをバンと叩いた。


「あっそ」


「あんたねえ!!そんなんで許されると思ってんの?!!」


「ふーん」



<了> 蜜柑プラム


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