97.魔導師同士の御前試合
特に大きな問題なく日々は過ぎ、社交シーズンはあっという間に最終日を迎えた。
今日は祝日となり、基本的に皆休みだ。もちろん一部の休めない者もいるけれど、私とクレスはその限りではなく、友人としてエーリッヒ様とリリアンと行動を共にし、騎士たちによる御前試合の観戦を行うことになった。
「皆すごい熱狂っぷりね……」
「ああ、騎士の試合は貴族に人気の娯楽でもあるからな」
エーリッヒ様の隣に用意してもらったこの席は、国王と並んだ特等席。
それも高みの見物というわけではなく、より臨場感を味わいたいと言う国王の希望により、闘技スペースの中央がすぐ目の前に見える位置に設置されている。
騎士たちの熱気と観客から上がるもの凄い歓声に圧倒される私。
数年前まではクレスもこんな空気の中戦っていたのね。
そして優勝したのだから、彼が今でも人気なのがわかる。
……おまけに顔もいいしね。
「いやぁ、今年も実に見事であった」
今年の優勝者が決まり、国王は手を叩いて彼等を称えた。
王の隣で、今年は出場しなかった末っ子のフランツ殿下も、いずれ自分もその舞台に立つことを覚悟するような真剣な表情で拍手を送っている。
「しかし、今年は戦で勝利を収めためでたい年だ。もっと見たいな」
何気なく呟かれた国王の言葉は、独り言として私の耳にも入ってきた。
けれど、それはただの独り言では終わらなかった。
「クレスよ。どうだ、お前も久しぶりに戦ってみないか?」
「……私ですか?」
エーリッヒ様とリリアンを越えてクレスにそう語りかけてきた国王に、クレスは一瞬驚きに声を詰まらせて立ち上がる。
「うむ。相手は……そうだな、エルヴィンがいい。魔導師同士の戦いが見たい。剣は使わない、魔法のみの戦いだ。どうだろうか」
「ああ、それは素晴らしいですね。観客もきっと喜ぶでしょう」
「……」
国王の後ろに控えていた宰相様が頷いて、従者にローデ師団長を呼びに行かせる。
「お前とエルヴィンなら準備がなくてもやれるだろう? ショーだと思ってくれて構わん。私を楽しませてくれ」
「……陛下の仰せのままに」
顔に緊張の色を浮かべつつも、クレスは国王に向かって礼をした。
もちろん断ることなんてできないということは、私にだってわかる。
不安な気持ちでクレスを見上げると、私の視線に気づいた彼は「大丈夫だよ」と言うように口元に笑みを浮かべてくれた。
……そうか、ショーだと思って良いと言っていたし、これは一種の余興なのかもしれない。
確かに、魔力の強い魔導師同士の戦いは盛り上がりそうだ……いきなりで驚いたけど、きっと本気で戦うわけではないのだろう。
やがてローデ師団長の準備が整ったと従者の方が伝えに来ると、クレスと師団長の魔法対決が始まるというアナウンスがコールされ、闘技場は一層沸いた。
「では、行ってくるよ」
「クレス……。今夜の舞踏会、とても楽しみにしているわ」
「ああ、俺もだよ」
にこりと笑顔を浮かべて舞台に上がって行くクレスの背中を、緊張で高鳴る鼓動を抑えるように見送る。
無言のまま向かい合う二人に、試合の開始が告げられた。
先程よりも女性の黄色い声援が多いように思う。
圧倒的にクレスを応援するものが多数だけど、師団長を推す声も結構ある。
ローデ師団長はクレスとタイプが違う寡黙ないい男だし、結婚したクレスと違ってまだ独身。
次期筆頭魔導師候補の二人が戦うなど、これは事実上試験なのではないかと囁く声も聞こえてくる。
「……」
私は魔導師団の人間だけど、当然夫であるクレスに勝ってほしい。
クレスは筆頭魔導師になど拘っていないのは知っているけれど、負けて怪我をしてほしくはない。
怪我なんて私の回復薬ですぐに治してあげられるけど……それでも、今夜は晴れやかな気持ちでクレスと初めての舞踏会に参加したいのだ。
――最初に動いたのはローデ師団長だった。
右手をクレスに向けて翳すと、彼の銀色の髪が揺れて身体がよろめいた。
すぐに両腕を掲げてガードするけれど、頬や腕を鋭い風が掠めてうっすらと傷をつけていく。
だけど、私があっと声を上げる前に、クレスの身体からざわっと力が溢れ出たように見えた。
そしてすぐに、ローデ師団長の蒼色の髪や服が激しく舞った。
「……っ」
吹き飛ばされるのをなんとか堪えている様子の師団長に今度はクレスが手を翳し、追い打ちをかける。
同時に観客も沸くけれど、ローデ師団長に傷ができることはない。
二人とも風魔法を使っているようだけど、外傷的な攻撃を仕掛けてきた師団長と違って、クレスは風の圧を与えているようだ。
……これは国王や観客を盛り上げる余興で、ショーなのだと、クレスは思っているのだろう。
だけど、師団長は本気で……?
「……そのような攻撃では、決着は着かんぞ」
「しかしなぁ、こんなことで怪我をして回復薬を使うのも……」
「……っ、本気で来い! クレス!!」
二人の会話が、微かに聞こえた。
いつも静かな師団長が叫ぶのなんて、初めて見た。
「……!」
彼は両足で踏ん張り手を前に突き出すと、クレスに向けて火の球を放った。
クレスが使っていた風魔法では消えないその火球を躱すため、クレスは横に跳ぶ。
ぼうっと音を立てて火球が地面に当たる度、観客のボルテージも上がっていく。
確かにこれは魔導師ならではの戦いだ。けれど、火まで出すなんて……少し危険すぎないだろうか?
「クレス……」
それを避けるために動き回るだけのクレスだけど、身のこなしはさすが魔導騎士。
実戦にも出ているだけあって、無駄がない。
それでも私の胸はドクドクと高く脈を刻む。
舞台横では常に救護隊が回復薬を用意して控えてくれているけれど、あんなものが当たれば大火傷を負ってしまうだろうし、そもそも凄く熱くて、痛いだろう……。
師団長も、まさか本気で当てる気はないのよね……?
そうハラハラしてしまうくらい、二人の空気は真剣で、エーリッヒ様や国王も息を呑むように二人を見守っていた。
「どうしたクレス、逃げているだけでは終わらんぞ!」
「……」
何か考えている様子のクレスは、師団長が見せた一瞬の隙を見逃さなかった。
「……なに!?」
何をしたのかわからなかったけど、クレスが手を翳した途端、師団長の身体ががくんと崩れる。
おそらく、師団長の足の動きを封じたのだと思う。
相手の行動を制限するなんて、相手より魔力が勝っていなければ無理だろうけど、たぶん師団長は魔力を使いすぎたのだと思う。
バランスを崩して片手を突いた師団長は、最後の賭けのように火球を放った。
「……!!」
とても美しい火の球だった。
それがメラメラと揺らぎながら、こちらに向かって飛んできた。
「ルビナ……!!」
「……っ!」
あまりに急なことで、実戦経験のない私には反応することができない。
クレスが私を呼ぶ声が耳に届いたのと同時に目をつぶり、手を上げて顔を背けるのがやっとだった。
「……っ」
けれど、私には何の痛みも熱さも感じない。
シン――と静まり返る場内にそっと目を開けてみると、掲げた左手の前で止まっている火の球。
「……え?」
「ルビナ!」
熱気は確かに感じて動揺していると、クレスがもう一度私の名を叫びながら手を前に出し、駆け寄ってきた。
シュッと燃え尽きるように火は消え、代わりにクレスが目の前までやって来る。
「ルビナ、大丈夫か!? 怪我はないか!?」
「ええ……大丈夫みたい」
「良かった……」
息を切らしているクレスの方が頬や腕にかすり傷を負っていて痛々しいのに、その腕で私をぎゅっと抱きしめる。
「クレス、私は大丈夫よ」
視線を集めていることに気づいて顔が熱くなり彼の背中を撫でて声を掛けると、クレスもすぐに身体を離して私の左手を取り、薬指を撫でた。
「指輪に付与した効果が君を守ってくれたようだ」
「そうだったのね……」
どうやらクレスが魔力付与を行ってくれた結婚指輪のおかげで助かったらしい。
周囲からも安堵の息が漏れたのが聞こえた。
「あ……」
しかし、試合の途中で場外に出てしまったのだ。
ルール上、舞台を降りれば負けになる。
「……クレス」
「……」
それでもいいと言うようにクレスは口元に笑みを浮かべた。
けれど――
「二人とも見事であった。しかし、次期筆頭魔導師候補たる者が周りが見えなくなってしまってはいかん。筆頭魔導師に求められるものはその力だけではないのだぞ、エルヴィン。お前はクレスを倒すことだけに拘りすぎたな」
国王が立ち上がり、師団長に向けてそう言い放った。
「……申し訳ございません」
国王の言葉に、師団長は膝を突いて頭を下げる。
「よってクレスよ、この戦いはお前の勝ちだな」
「……ハッ!」
続いてクレスに向けられた言葉に、今度は彼も膝を突き、胸に手を当てて頭を下げる。
静まり返っていた場内に響いた国王の声に、観客は一斉に歓声を上げた。
そしてその声に応えるようにクレスは観客たちに向かって深く頭を下げると、舞台から降りる師団長に駆け寄り、何か声を掛けて力強くハグをした。
クレスの方から一方的に抱きしめていたけれど、数秒を置いて師団長の腕もクレスの背中に回る。
二人が何を話したのかまでは聞こえなかったけれど、二人の友情が少しでも戻ればいいと、心の中で思った。




