59.マルギット嬢
リリアンの侍女兼相談役という名の話し相手を始めて、ひと月弱。
「王宮にもだいぶ慣れてきたか?」
「ええ、そうね。おかげさまで」
今日は昼食をクレスと摂ることができた。
その後、まだ少し時間があるからと、クレスが使っている副団長の執務室でお茶を一杯どうかと誘われ、二人で肩を並べてソファーに座っていた。
タイミングが合えばこうしてクレスと顔を合わせることもできるし、侍女仲間には嫌な人もいない。
リリアンはエーリッヒ様と上手くいっているようだし、エンダース邸でも妹のイナは大きな問題も起こさず仕事を頑張っているようだ。まぁ、厩舎係のルッツの話ではまだたまに文句を言うようだけど、文句を言いながらもやることはちゃんとやるようなので、成長が感じられる。
それに、私とクレスの結婚も三ヶ月後に決まった。
クレスは忙しい人だから婚約式などは省いて、教会で式を挙げ、その日にこのエンダース邸で披露宴だけ行うことになった。
殆どのことは凄腕の使用人であるメリとニコラスさんを中心に準備を進めてくれている。だけどこれからは私も花嫁として少しずつ忙しくなりそうだ。
「――それにしても、クレスは常にエーリッヒ様の護衛をしているわけではないのね」
「ああ、殿下の護衛は俺一人ではないし、俺には一応副団長の仕事もあるからな」
「本当に忙しいのね。私、そろそろ戻ろうかしら」
きっと彼にはまだ仕事があるはずだ。
だからあまり長居せずに戻ろうと、残りの紅茶を飲み干した。
「いや、君に会えた日は午後も仕事が捗るんだ。だからもう少しだけ、ゆっくりしていってくれ」
カップをテーブルに置いた私の手を掴み、体をこちらに向けるクレス。
親指で私の手の甲を撫でながら、クレスはじっと熱い視線を向けてくる。
……この瞳は……あれだ。
何かをお強請りするような、キラキラとした視線。
「……」
今は部下も誰もいないし、それでクレスが午後の仕事も頑張れると言うのなら、まぁ、一回くらいは……
そう思い、そっとまぶたをおろしていくと、彼はゆっくりと顔を近付けてくる。
ドキドキと、鼓動が高鳴る。相変わらずクレスは綺麗な顔をしているわね。
したことがないわけではないけど、王宮内でキスするのは少し緊張する。
だって、もし誰か入ってきたら――。
ガチャ、
「クレス、今日なんだがこの後――」
だけど、そんなことを考えてしまったせいか、扉が開く音と共にエーリッヒ様の声が私の耳についた。
「あ。悪い、取り込み中だったか」
「…………!」
「……いつも言っているが、ノックくらいしてくれ。エーリッヒ」
ばっと目を開けてそちらに顔を向けたけど、クレスの手は私の肩に乗っていて、とても近い距離まで顔が近付いていた。そんな私たちを見てエーリッヒ様は少しだけ気まずそうに目の下を赤く染めている。
「悪かったって。俺に構わず、続きをしてくれ」
「できるか!」
「クレス、それじゃあ私はこれで……エーリッヒ様、私はお先に失礼しますね。どうぞごゆっくり」
「あ、ルビナ……!」
恥ずかしい! 顔が熱い!
殿下の目をろくに見られずに、私はささっと頭を下げて礼をすると、そそくさと執務室を後にした。
……まぁ、こんな感じでなかなか順調な日々を送っているわけだ。
――その後、いつものようにリリアンとのお茶の時間を終え、御手洗に行こうと長い廊下を歩いていた。
その途中、先の広場でクレスを見つけて私は足を止めた。
クレスは相変わらず目立つから、すぐわかる。
一際輝いて見えたのは、私がクレスに惚れているからだろうか?
「クレ――」
その背中に声をかけようと思ったけど、どうやら彼は誰かと話をしているようだった。
私の声はその相手を見てピタリと止まる。
ルビーレッドの美しい長髪の女性。
あれは……マルギット嬢……!!
「……っ」
その人物を瞳に捉えた途端、私は思わず柱の影に身を潜めてしまった。
って、なんで私隠れてるの……!?
お互いに、何も疚しいことはないはずだ。
クレスだって、ただ偶然ばったり会ってしまったから話しているだけだろう。
「……」
伯爵令嬢で優秀な魔導師。クレスの従妹で、元婚約者候補のマルギット・ツィリー。
……やっぱり美人だなぁ。
ちらりと彼女の顔を窺い、内心でため息を一つ。
伯爵令嬢か……。
私なんかよりとても上品だし、クレスと並んでいても釣り合っているように見える。
クレスの表情はこちらからは窺えないけど、マルギット嬢はとても楽しそうに笑っている。
クレスも、笑って話しているのかしら。
「……」
別にいいじゃない。どうせ話すなら楽しい話の方がいいに決まっている。
相手が元婚約者候補でも、クレスのことを好きでも、クレスが好きなのは私。
堂々としていればいいのだ。嫉妬ほど醜い感情はない。
それでもなんだか胸がもやもやして、私はクレスに気づかれないように御手洗に向かった。
「……」
クレスやリリアンは彼女のことをあまり良く言ってなかったけど、そんなに悪い人には見えない。
まぁ、私はきちんと話したことがないからわからないけど――。
そんなことを考えながら、用を済ませてそこを出ようとした時だった。
「こんにちは」
「!」
まるで私を待っていたかのように、マルギット嬢に声をかけられた。
造られたように美しい笑顔を浮かべている。さっきまでクレスに向けていたものとは少し違う。
「こんにちは、マルギット様」
「クレス様の婚約者の、ルビナ様でしたよね?」
「え、ええ……」
とても丁寧な言葉使いで話しかけてくるマルギット嬢。近くで見ると本当に美人だ……。リリアンとは違う、怖いくらいの美しさがある。
こんな人に積極的にアプローチされて落ちなかったなんて、相当性格がアレなのか……やっぱりクレスの美的感覚がおかしいのか、どっちかだ。
「……」
「何か?」
何か私に用かと思ったけど、マルギット嬢はそれ以上何も言わずにただ私に視線を向けている。
「……いえ、どうしてクレス様が貴女を選んだのかと思いまして」
「え?」
そして、よく見てみても見つからなかった。とでも言うように、眉を下げてその言葉。
「クレス様はわたくしと婚約するはずだったの……ご存知でしょう?」
「ええ、まぁ……」
「ですが、わたくしたちは従兄妹同士ですので……魔力持ちの未婚の女性が現れてしまったら、そちらと結婚した方が良いのはわかるのですが……。貴女はきっと余程優秀なのでしょうね。わたくしはまだまだですの。クレス様は将来の筆頭魔導師ですから、ついていけるように毎日必死で魔法の訓練をしているのですが」
「……はぁ」
嫌味か?
この人は優秀な魔導師だと聞いている。
対する私は魔導師団員でもないし、訓練なんて全くしてないけど……。クレスと結婚するなら魔法の訓練をした方がいいの?
初耳なんですけど。
「……貴女、魔導師団には入らないのですか?」
「私は、リリアン様の侍女ですので……」
「ああ、そうでしたわね。ですけど治癒魔法が使えるのだとか。素晴らしいですわ。そのようなお力があるのなら、是非魔導師団でポーション作りに協力していただきたいほどですわ」
そう言って笑顔を作るマルギット嬢だけど、やっぱりその笑顔の裏には嫌味を感じる。
「ポーションは作ったことがなくて……」
それに、私にはそんなに大した力がない。
「……そうなのですね」
だからそう答えるしかできないけど、マルギット嬢は大袈裟なほど悲しげに表情を崩し、再び私に窺うような視線を向けてきた。
「……あの、何か?」
「いえ……、クレス様って見た目や実力で女性を選ぶ方ではないのだなと思いまして。一体貴女のどこに惹かれたのかやっぱり不思議ですの。もしかしたら何か凄いものをお持ちなのかしら? たとえばクレス様を骨抜きにしてしまうような技術とか……」
「…………は?」
「やだ、わたくしったら変なことを聞いてしまいましたわね」
この女、上品な振りして――。
今のは明らかに挑発的な言い方だった。
だから、我慢しなくてもいいですか?
私はぎゅっと拳を握って、はっと小さく息を吐いた。
「たぶん、性格じゃないですかね」
「――え?」
「クレスって、そういうふうに回りくどく嫌味を言う女性、好きじゃないと思いますよ」
「……なっ」
「私ははっきり言い過ぎですけどね。失礼いたしました」
彼女の性格がちょっとアレだという理由がわかった。
これは嫌われるわ。クレスにも、女にも。
礼だけは淑女らしく見えるよう頭を下げて、私はその場を離れた。
背中に痛い視線を感じるけど、無視無視!
もう関わらないでほしいなぁー。
心からそう願う。
だけどそういう願いは、だいたい叶わないものである。
今回ちょっと長くなりましたが、ようやくずっと匂わせてきた従妹のマルギット嬢のターンです。マルギット、お待たせ……。
ルビナを応援する!と思っていただけましたら、ぜひぜひブックマークや評価の方よろしくお願いいたします!




