05.騎士のお礼
「……もしかして、あの時の騎士様?」
私の前に颯爽と現れたあまりにも爽やかな風貌の男を前に、私は少しの間声を失い固まってしまった。
「そうだよ。髪を切ったからわからなかったのか?」
いや、それだけではないけど……!!
髭も剃られ、随分すっきりとした清潔感のあるその装いは以前のイメージとはまるで違う。まるで別人。
それにあの時は汚れていたから何も思わなかったけど、本当はこんなに綺麗な銀髪をしていたんだ。
不思議な色……
青? 黒? いや、やっぱり銀……と、見入ってしまう。
けれど確かに、この声は聞き覚えがある。
「なんだ、どういうことだ……? ルビナの知り合い、なのか……?」
アイマーン男爵家とも、スタントン子爵家とも格が違うその迫力に圧倒されながら、おずおずと口を開くワルター。
「婚約者の方ですね。初めまして、私はクレス・エンダースと申します。王宮で騎士をしているのですが、彼女には以前、大変世話になったのです」
騎士様はワルターに向けて丁寧に挨拶をした。
その名前は私も初耳である。
「……そうか、そうだったのか!! でかしたぞ、ルビナ!」
……はい?
ワルターの態度に私はあからさまに眉を顰めてやった。
なによ、ころっと態度を変えて。
さっきまで私を追い出して二度とこの家には入れないと言ってたくせに。
「それで、礼とは?」
「はい」
ワルターの言葉に騎士様は使用人に合図を送ると、どう見ても高価な箱をいくつも運び出してきた。
中身はなんだろうか。ドレスか、アクセサリーか……ともかく、私たちではとても手が出せないような高級品であることは間違いなさそうだ。
それを見て、ニヤニヤと下卑た笑みを隠せない様子のワルター。
イナも後ろからひょっこりと顔を覗かせて期待に胸を膨らませている様子。また私に「ちょうだい」と言うつもりなのだろう。はぁ。
「君に持ってきた。受け取ってくれ」
「結構です」
「――え?」
けれど私は、騎士様に向けて手のひらを前に出し、即答した。
「何を言ってる!!」
焦ったように声を張ったのは、騎士様ではなく、ワルターだった。
「……理由を聞いても?」
ひとまずそんな男は無視すると、騎士様が少し悲しげに眉を下げて私に問うた。
「私、実はたった今彼に婚約破棄されて、この家も追い出されたんです。ですので、こんなにたくさんの品物、持ち運ぶだけでも大変です。それよりも今はお金が一番必要なので、せっかくいただいてもすぐに売ってしまいそうです」
正直に、淡々と胸の内を明かした。
「婚約破棄……追い出された?」
「……っ、いや、それは……!」
「どういうことですか?」
そうすれば、今度は騎士様がピクリと眉を動かし、険しい表情でワルターに視線を向けた。
さすが王宮勤めの騎士なだけあって、迫力が違う。
「ただの痴話喧嘩ですよ! よくあるでしょう?」
「……そうなのか?」
「違うわ」
ワルターは慌てたように不格好な笑顔を浮かべて言ったけど、私はすぐにそれを否定する。
「この人たちは私からすべてを奪った。私の大切な……お母様の形見のペンダントまで奪って売ろうとした。今までもずっと偉そうにこの家に住み着いて、妹と二人で仲良く文句ばっかり! もう限界! もう絶対この家には戻りません!!」
もう決めた。我慢しない。自分への損得勘定でしか人を見ることができないこの人たちのために、無理に頑張らない。これからは言いたいことははっきり言って、好きに生きてやるんだから!!
「……っおい、ルビナ! 本気にするなよ、あんなのジョークだろ? 返すから、お前のペンダント。ほら、ここにあるぞ!」
ワルターは引き攣った笑みで媚びるようにペンダントを差し出してきたけれど、それは騎士様の大きな手の中に納められた。
「……そういうことですか」
騎士様は鋏で乱暴に切られている紐の切り口に目をやり、ため息をつくとペンダントをそっと私に返してくれた。
「い、いや……、ですから、ほんの冗談で……」
「貴方は冗談で婚約者の首元に鋏を向けたのですか?」
男性の平均的な身長であるワルターの前に立つ騎士様は、背の高さでも体格の良さでも勝っていた。
もちろん、威厳も、品格も、あと顔の良さも。
「……鋏で切ったのは僕ではなく、この、イナです」
「そんな! ワルター様がやれと言ったんですよ!? クレス様、私、イナ・アイマーンと申します。この家の末の娘です。お姉様はお母様の形見のペンダントを独り占めしていて……それで、私もお母様の形見が欲しくて……」
妹のイナはそそっと騎士様の前まで来ると、その大きな瞳に涙を溜めてふるふると震わせ、彼を見上げた。
……可愛い。見た目だけは。
うまくいけば、自分を妻に娶ってもらえるかもしれないと企んでいる彼女の考えが見え見えだった。
「イナ……! お前!!」
騎士様に媚びを売るイナを見て、ワルターもそれに気づいて声を上げるも、イナはまるで聞こえていないかのように騎士様を見つめていた。
「……名前で呼ぶことを許可した覚えはないが」
「……っ、失礼しました、騎士様」
しかし、男性に冷めた目で見下ろされるという経験のないイナは、彼から送られた冷ややかな視線にビクリと肩を震わせると、慌てて頭を低くした。
「もういい。残念だが、この品物は持ち帰ることにしよう」
「いや、しかし!」
「彼女への礼は別の形で返すことにする」
「そんな!」
呆れ、ため息を吐き出す騎士様に、尚もワルターは食い下がった。
「それでは行こうか、ルビナ。この家を出るならお送りしよう」
「……ありがとうございます」
にこりと微笑むその端麗なお顔は、やはり以前お会いした時のものではなくて、少し調子が狂う。
けれど何か喚いていた元婚約者と妹を無視して、二人の前で優雅に差し出されたその手に掴まると、私は見せつけてやるように豪華な馬車へと乗り込んだ。




