40.クレスの事情8
「……」
こういう時、どこでどう待つのが正解なのだろうか。
昨日は良かった。自分の部屋だし、酒もあったから手持ち無沙汰にならなかった。
以前アイマーン領から来た時も、さっさとソファーで寝たふりを決め込むことにしたから良かったが、今回は同じベッドで寝るだろう。
そういえばあの時は寝たふりをするのが大変だった。
気配でわかったが、ルビナは俺が起きているのではないかと疑って、ずーっと顔を覗き込んできたのだ。
視線を感じて、だんだん身体が熱くなっていったのを昨日のことのように覚えている。
もう痺れを切らして目を開けてしまいそうになったものだ。
今夜のベッドは十分に広さがあるから狭くはならなさそうだが、先に寝ているのは失礼だよな。
かと言って、ソファーに座って待っていたとして、いざ寝る時、彼女をベッドに誘う形になれば変に誤解されないだろうか……?
というか、どうやって誘うのだ?
寝ようか。と言って手を取り、ベッドまでエスコートするのは、まるでそれに誘っていると思われるだろうか。
だが、彼女を置いて先にベッドに入るのも……結局「どうぞ」と布団を捲れば変な雰囲気になるだろうか。
俺の考えすぎか?
んん……? わからん。そんな健全な関係で女性と同じ寝具に寝たことなどない。
「ああっ、どうしたらいいんだ……!!」
そっちの経験がないわけでもないのに、本気で好きな女が相手だと俺はこうも臆病になってしまうのか。
これでは我ながら先が思いやられるな。情けない……。
「戻りましたー……って、どうしたの? そんなところに突っ立って」
ベッドとソファーを行ったり来たりして頭を抱えていた俺の背中に、愛しい声が届いて体が跳ねる。
「ルビナ……! おかえり。いや、ちょっと……君を迎えに行こうか考えていたところだ。は、早かったな」
「ありがとう。でも宿の人もいたし、大丈夫だったわ」
「そうか、良かった。では寝ようか」
「え?」
「……!」
つい気が焦って、そんなことを口走ってしまった。
さすがに風呂から上がってすぐ寝ようとは、盛りのついた雄丸出しではないか。
しかし誤解だ。本当にそんなつもりはないんだ!
「いや、疲れていると思ってな、それに明日も早いし、早く寝てしまった方がいいかと――」
焦って続けた言葉が、却って怪しかったかもしれない。
俺はこんなに格好悪い男だったのか?
この場にニコラスがいたら、頭を抱えてため息を吐かれていたに違いない。
メリがいてもきっと鼻で笑われているだろう。
あの二人はルビナに魔力があり、俺と気持ちを通わせたことを特に喜んでくれた。
俺よりも俺のことをわかっている、とてもできた従者だ。
今彼らがここにいたなら相談したい……。
しかし、これではまるで未経験の子供だ。俺の方がルビナより五つも年上だというのに、本当に情けない――。
自己嫌悪に陥って肩を落としていると、ルビナがそっと近付いてきて俺の頭に手を伸ばした。
「……なんだ?」
「ごめん。可愛いなって思って」
「……か、可愛い?」
俺が? ルビナではなく、俺が?
可愛いという言葉は、一般的には女性や子供に使われるものだ。
……つまり俺は、子供に見えたということだろうか……。
「クレスって、大きな犬みたいなのよね」
「……犬?」
「そう。大型犬。見た目は大きくてちょっと怖い感じがするのに、素直に喜んだり、しょげたり、とっても可愛いの。抱きしめてよしよしってしてあげたくなっちゃう」
そんなことは初めて言われたが……抱きしめてよしよし、というのは……ルビナにならされても悪くないかもしれない。
「おいで?」
「……」
にこ、と笑って俺に両手を伸ばすルビナの方が、百倍可愛いに決まっている。
だからその愛しい存在を素直に抱きしめたくなって、彼女に手を伸ばした。
「……よしよし」
「……」
俺の方が背が高いから、今は背中を撫でられている。
だが、その優しいぬくもりと温かい鼓動に、何とも言えない、満たされた気持ちが胸に広がっていく。
「……わっ」
「今夜は何もしないから……安心して眠ってくれ」
「…………」
俺はそのままベッドの方へ移動して、ルビナと一緒に横向きに体を倒した。
顔一つ分距離を取ってそう囁くと、ルビナの頬がほんのりと朱に染まった。……気がする。
ルビナは小さく微笑むとそのまま何も言わずに頷いて、静かに目を閉じた。
彼女と自分の体に布団をかけて、俺は「おやすみ」と呟くと額に触れるだけのキスを送り、隣にいるそのぬくもりに口では言い表せない程の幸せを感じた。
サブタイトル→クレスの葛藤。




