04.手当て
「……女、だと!?」
私を女だと認識した瞬間、首を押さえていた力が少し弱まった。
「驚かせてごめんなさい……でも私は、貴方に危害を加える気はないわ……」
震える手を顔の横に上げ、私は無抵抗であることを表した。
「貴方の怪我を手当しようとしていただけよ、落ち着いて……」
訴えかけるように彼の深い青色の目を見つめて言えば、怯えて見えるのだろう私をしばし観察した後、そっと手を離してくれた。
「……すまない、混乱していた」
「いいえ……それより貴方、酷い怪我よ。それに熱もあるから安静にしていないと……横になって!」
「……」
そう言って薬草を煎じた塗り薬を見せるも、彼は再び私に警戒の眼差しを向ける。
「ここはアイマーン男爵家の畑です。私は長女のルビナ。貴方は騎士様でしょう? 国のために戦ってくれた騎士様を見捨てることはできません」
この国はつい最近まで北にある他国と戦争をしていた。
敵国から仕掛けてきたその戦はこの国の優秀な騎士団の活躍により被害を最小に抑えて無事勝利を収めることができた。
戦争は終わったはずだけど、まだまだ後処理のようなものが残っているのだろうか。
貧乏ながらも死ぬほどの生活ではない私が、こうして戦争に巻き込まれることなく生きてこられたのはこうした騎士たちのおかげなのよね。
だからどうにか信用してもらおうと名を告げ、誠意が感じられるよう真っ直ぐに訴えた。
「……アイマーン領か。それにしても君は随分……」
男はそう言って私の身体にじろりと目をやった。
そりゃそうよね。私の格好はまるで平民。ううん、畑仕事用の今の格好は、それ以下かも。
「……畑仕事に来ていたところで倒れている貴方を見つけました。本当に敵ではないわ!!」
「……」
「これは母の形見よ。これで私が貴族の者だと信じてもらえるかわからないけど、とにかく早く治療しないと」
そう言って、私は首から下げていたペンダントを彼に見せた。
これは唯一私が持っている中で高価な物。
亡くなる前に母が私にくれた、宝物。
「……わかった。お願いしよう」
じっと私の瞳の奥を見つめた後、嘘を言っていないと感じたのか、男は大人しく茣蓙の上に身を戻してくれた。
ほっと息を吐き、彼を手当てしようと向き直る。
「自分で脱げる?」
「……ああ」
そう問いかけると、男は怪我をしていない方の腕で騎士服のボタンを外していった。袖から外すときは一緒に手伝い、上半身を顕にさせる。
騎士だから当然なのだろうけど、予想以上にたくましい肉体に、思わずドキッと胸が跳ねた。二の腕もお腹も、無駄のない筋肉に覆われて引き締まっているし、張りがあって彫刻品のように綺麗だった。
やはり、この人は思っているよりも若いのかもしれない……。
父の体は見たことがあるけど、全然こんなふうではなかった。
手当てのために血が出ている腕とお腹に目をやっているのに、思わずドキドキしてしまう。
「一度、洗うわよ?」
「……」
けれど今はそれどころではない。しっかりしなくては。
男にもう一度横になってもらい、こくりと首を縦に動かすのを確認して、傷口を洗うためそこに水をかけた。
「……っ」
苦しそうに声を抑える彼を気にしながら清潔な布を傷口に当て、薬草を塗り込んでいく。
染みるのだろう。彼は終始痛みを堪えるように小さく息を漏らしていたから、できるだけ手際よく手当てを施していった。
「――なぜ男爵令嬢の君が畑仕事なんかしている」
傷口に包帯を巻き終えたあと、汚れてしまっていた彼の身体も濡らした布で拭いてあげた。
大きな背中をドキドキしながら拭いていると、ふと彼が口を開いた。
「……うちは貧乏なんです。母は随分前に亡くなって、父は病で寝込んでいます。今は妹と、うちに通ってきてくれている婚約者と、慎ましく暮らしています」
「君はもうじき結婚するのか?」
「……騎士様をこんなところで介抱して申し訳ございません」
その言葉には返事をしなかった。最近は私の婚約者であるはずのワルターが、妹ととても仲が良い。それに、少しずつ彼の本性が見えてきて、本当は彼と結婚などしたくないと思っている。
王宮勤めの騎士様ならば、さぞや立派な暮らしをしているのだろう。
それをこんな小汚い小屋のようなところで、茣蓙の上に寝かせたのだから……機嫌を損ねられても仕方ないと思った。
「いや、それはいいが……君には何か複雑な事情がありそうだな」
「……」
けれど彼は、そのことはまるで気にしていない様子だった。
そうなんです。聞いてくださいよ、騎士様!
そうやって愚痴れば、何か良いことがあるだろうか?
きっとない。彼を困らせてしまうだけだ。
そう思って黙り込む私に、彼は「まぁ話したくなければいいさ」と言ってくれた。
その後もしばらく安静にしていただき、蔵に常設された小さな調理場で採れたばかりの野菜を使い簡単にスープを作り、召し上がっていただいた。
「騎士様のお口に合うかわかりませんが……」
「いや、とても美味い。君は料理が得意なんだな」
「いえ、そんな。いつもやっているだけよ」
それに、味付けなんてほとんど塩だけ。これは採れたての野菜本来の旨味と、一緒に育てている香草のおかげなのである。
私が自慢できるのは、香草の使い方と毎日の料理で覚えた火加減や野菜によって変える火入れ時間のタイミングくらいだ。
「ご馳走様。本当に美味かった。是非また食べたいな」
「じゃあお店でも開こうかしら」
「そしたら毎日食べに行くよ」
「……冗談ですよ」
お世辞かと思ったけれど、彼はおかわりをしてたくさん野菜スープを食べてくれた。
どうやら本当に口に合ったようね。
それか余程お腹が空いていたのか。
「――ありがとう。世話になった。この礼は必ず返しに来るから」
「お気遣いなく」
私はそれしか言うことができずに、馬に跨がり去っていく彼の背中を見送った。
お礼だなんて……期待してはダメよ。
そう思って、彼のことは忘れることにしていたのに。
そのひと月後、このタイミングで――まさか本当に来てくれるだなんて、思いもしていなかった。




