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29.クレスの事情6

 ――俺はどんどんルビナに惹かれていっている。


 その日、仕事が立て込んで帰りが遅くなってしまった俺は、使用人たちがほとんど寝静まった頃に帰宅した。


 起きていてくれたルビナといつもと同じように自室へ向かい、紅茶を淹れてもらった。

 なんとなく飲みたい気分だったからブランデーを手に取り、紅茶に垂らして喉へ流した。

 じんわりと身体が温まっていく感覚が心地良い。


 何気なくルビナの隣に座って俺は饒舌に城でのことを語った。

 ルビナは聞き上手で、俺のつまらない話にも楽しそうに付き合ってくれる。


 こういう穏やかな時間が、心地良くて俺は大好きだった。

 それと同時にルビナを好きだと思う気持ちがどんどん膨れ上がっていく。



 毎朝頼んだ時間に起こしに来てくれる彼女のやわらかい声と笑顔で目を覚まし、俺を送り出した後も使用人たちと一緒に掃除や料理を手伝ってくれているらしいルビナは、本当によくやってくれていると思う。


 正直、彼女にうちで働かないかと誘った時は、こんなにも働かせるつもりなどなかった。


 家を追い出されてしまい、行く宛てのない彼女が路頭に迷わないようにと、ルビナがここにいる理由を作ってやっただけのつもりだった。


 もちろん彼女が淹れてくれる紅茶は最高に美味しいし、朝も夜もルビナの声で夢から目覚め、夢の中へ落ちていくのはとても気分が良かったが、俺は助けてもらった礼になれば良いと思っていたのだ。


 しかし、そうして彼女と毎日を共に過ごしているうちに、俺はどうしようもなくルビナに惹かれていった。


 幸せな毎日だった。

 目覚めた時から彼女がいて、その笑顔に送り出されて仕事に行き、仕事から帰ればまたやわらかく出迎えてくれる。疲れなど一瞬で吹き飛んだ。あの笑顔を思えば仕事はとても捗った。

 こうして毎日共に食事をし、「おやすみ」を言い合う関係がずっと続いてほしいと願ってしまっていた。


 ルビナは自分を真っ直ぐ持っていて、とても強い女性だ。

 本当はか弱いところもあるのだろうが、それを見せないようにしているのだろう。

 俺に気を遣いながらも気さくに笑ってくれる彼女の笑顔はとても美しい。

 気を抜けばついぼんやりと見蕩れてしまうほどに。



 それでつい、この日も隣にいるルビナの綺麗な瞳をじっと見つめてしまった。

 俺が今飲んでいるブランデーのような透き通った琥珀色。

 髪はミルクティーのような愛らしい色で、柔らかく甘い香りがする。


 彼女のために作ったティー・ロワイヤルだったが、その色合いはまるで俺と彼女が溶け合っていくみたいでなんとも言えない気分になった。


 そのままアルコールが俺の思考を支配していった頃、ついその可愛らしい存在を惜しみなく見つめ、触れるのを我慢できずに手を伸ばしてしまった。


 ルビナの美しい髪を解き、優しく撫でた。


 ――愛おしい。


 じっくりと彼女の顔を見つめて浮かんできた感情はそれだった。


 俺たちは結婚できないとわかっているのに――。


 それでもこの気持ちを抑えることはできなかった。


 堪らずに彼女の滑らかな頬に手を添え、窺うように瞳を見つめた。

 そうすれば俺の気持ちが伝わったのか、彼女の頬も朱に染る。


 理性の糸が切れそうになった。


 俺はルビナが好きだ。

 好きで好きでたまらない。

 この気持ちを抑えておくことは、とても難しい。


 しかし彼女は俺のことをどう思っているのだろうか。


 嫌われてはいないかもしれない。

 おそらく彼女は嫌いな相手には態度で示してくれるはずだから――。


「ルビナ……」


 どうか、俺の気持ちを受け入れてほしい――。


 そんな想いを込めて彼女の名を囁いたが、口づけようとしたその寸前、彼女は俺の手から逃げるように立ち上がり、ナッツを取り出すとそのまま部屋を出て行ってしまった。



 ……やらかした――。


 彼女がいなくなった部屋でその喪失感に酷く後悔し、頭を抱えた。


 俺は今、何をしようとした――?

 彼女に口づけて、その後どうするつもりだった?

 なんて言おうとした?


 求婚できるわけでもないのに、俺は自分の感情だけで彼女をものにしようとしたのか。

 思い上がっていたのかもしれない。


 なんと浅はかでおぞましいんだ――。


 自分は人よりも理性的な騎士だと自負していたが、どうやら思い違いだったらしい。


 仕事帰りに娼館に寄ると話す同僚たちに「ほどほどにしておけよ」なんて偉そうに語っていたくせに、自分も欲望にまみれた下品な男だった。


 自分は違うと高を括っていたが、そこらにいる男と何も変わらない。

 自分の欲を満たせればいいとでも言うのか?

 なんて愚かなんだ。


 ああ……嫌われてしまったかもしれない。


 そんな不安を抱えてブランデーをもう一杯喉へ流し、翌日も彼女が俺を起こしに来てくれるだろうかと、眠れぬ夜を過ごした。


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