12.元婚約者の事情1
家に帰ると、部屋の中は無惨にも荒れ果て散らかり放題だった。
キッチンの方からは変な匂いまでしてくる。
ゴミの処理をきちんとしていないのだろうか。
僕はこの現状に頭を抱え、深くため息を吐き出した。
ルビナがこの家を出て一週間が経つ。
男爵家の長女であるルビナと、子爵家の次男である僕の婚約が決まったのは二年前だった。
アイマーン家は正直傾きかけていたが、うちもそれほど裕福な家ではなかったし、次男の僕が文句を言えるはずもなく、婚約話は進められ、僕は男爵の仕事を学びにアイマーン家に通うようになっていった。
初めて会った時のルビナの印象は、控えめな美人だった。
派手な妹と違い、薄茶色の長い髪と琥珀色の瞳が印象的な美しい女性だった。
こんな美人と結婚できるなら、この貧乏男爵家を継ぐのも悪くないかと期待したが、ルビナはどこか冷めた女性だった。
僕はルビナとの結婚を前向きに考え、どうせなら夫婦仲良く楽しい結婚生活を送りたいと思っていたのだが、ルビナは僕がイメージするような、か弱く素直で甘え上手な貴族令嬢とは違った。
節約しなければならないので、と言いながら家事などの仕事を自分で引き受け、僕が来ても挨拶だけするとすぐに畑へ行ってしまう。
僕はもっと、結婚前から愛を深めていきたいと考えていたのに。
思い描いていたような恋愛はできないのかと残念に思っていたら、ルビナの妹のイナが、積極的に話しかけてきた。
イナは僕がイメージするようなか弱く素直で甘え上手な貴族令嬢だった。
最初は可愛い義妹ができると純粋に嬉しく思っていたのだが、イナはルビナのいないところで僕を誘うように甘く名を呼び、腕に触れ、何かを乞うように見つめてきた。
まさか、イナは僕のことが好きなのか……?
すぐにそれは伝わった。そして僕たちはあっさりと恋に落ちた。
いつもきびきびと忙しなく動き回って全然僕の相手をせず、女のくせに畑仕事をして汚れているルビナより、人形のように可愛く着飾り、家で大人しく僕を迎えてくれる妹のイナを好きになったのだ。
最初はルビナには気づかれないよう気をつけ、ルビナが畑に出かけている時だけ、イナと愛を育んだ。
父親の容態はどんどん悪化していき、ほとんど自室にこもっていた。
おそらくもう長くはないだろう。
そうなればいよいよ僕がこのアイマーン家を継ぐことになる。
だが、結婚相手は可愛げのないルビナより、僕を愛してくれるイナが良いと考えた。
そうするには、ルビナに長女の権利を放棄させ、イナに譲らせる必要がある。
あの女が素直にそれに同意するかわからなかったが、僕とイナが結束すればこの家から追い出すことも可能だと考えた。
まぁ、どうしてもと懇願するのなら使用人としてこの家に置いてやってもいいとは思った。
更に、今までの態度を反省し、改めるのなら側妻にしてやったっていい。ルビナは黙っていれば美人だし、イナよりいい身体をしているからな。
そんなことを考えながら準備を進め、ついにアイマーン男爵が息を引き取った。
それから一週間ほど経ったあの日、準備万端でルビナに婚約破棄を申し付けた。
思ったより動じないルビナは、やはり可愛げがなかった。
まぁ強がりだとは思うが、この家に残らないのなら彼女が独り占めしている高そうなペンダントも奪って、金に換えようと企んでいた僕とイナの前に一人の騎士が現れた。
騎士は過去にルビナに世話になったそうで、その礼をしに来たと言い、いかにも高級そうな品物をいくつも持ってきた。
でかしたぞ、ルビナ! 全部売って金に換えよう!
すぐにそう思い立ち、ルビナもたまには役に立つと期待に胸が弾んだが、ルビナはこの家を出て行くからその品物は不要だと騎士を突っぱねた。
なんと愚かなことを言う女だと、改めて怒りが込み上げたが、ここはなんとかルビナの機嫌を取らなければと思い、ペンダントを返そうとしたのだが、騎士が僕のことを睨みつけてきた。
なんだ、コイツら……。まさか世話になったって、ルビナの奴、この男の身体の世話でもしてやったわけではないだろうな?
そう感じてしまうほどの騎士のルビナへの態度に、僕もイナもそれ以上何も言えなくなってしまう。
そしてルビナは、そのまま騎士と共に豪華な馬車に乗り込み、アイマーン家を出て行った。
結局ペンダントも礼の品も何も残らなかったことに悔しさが込み上げたが、まぁ邪魔な女がいなくなるのは清々すると思った。
ルビナはいつも生意気で、口うるさい。
それに比べてイナはとてもか弱く、繊細で可愛い。
何度かイナを連れて外出したことがあるが、すれ違う男たちから羨ましげな視線を感じて、とても気分が良かった。
ルビナも黙っていれば美人なのに、あの性格のせいで全部台無しだった。
イナも一瞬あの騎士に媚びを売ったように見えたが、おそらく気のせいだろう。
イナが可愛すぎて、そう見えてしまっただけだ。あれが彼女の普通なのだ。嫉妬は良くないな。
ともかく、性格も可愛らしいイナと二人きりの生活はきっと楽しいだろうと、ルビナのことはすぐに忘れてしまうことにした。




