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11.主は不器用で可愛い人

 屋敷中央の大きな階段を上ると、二階で最も立派な扉が開けられた。中は広く、見るからに高級そうな調度品で揃えられている。


 ここがクレスの私室なのね。


 扉が開いて最初の部屋には、仕事も出来そうな立派な机に、男の人が足を伸ばして寝られそうなほど大きなソファーが二つ。その間にはずっしりとしたローテーブルがあった。


 仕事や私的な客室としても使えそうな雰囲気だ。


「どうぞ」


 クレスはもう一つ奥の部屋へと私を誘導した。

 そこにも対になった大きなソファーに、重厚なローテーブル。窓辺に置かれた一人掛けの椅子とテーブルが並び、小さなキッチンまで備わっている。


 おそらくここが個人的な居室なのだろう。

 棚にはお酒のボトルらしきものが並んでいる。

 クレスはお酒が好きなのかしら。


 そして、更に奥にもう一部屋ある。たぶんそこが寝室なのだろう。


 さすが、侯爵家……。ご両親は本邸にいるそうだから、この当主らしい部屋をクレスが使っているのね。


 なんでも揃っていて、この部屋ひとつで暮らせそうだと思った。


 きょろきょろと室内を観察している私に笑いながら「掛けてくれ」とソファーへ促すクレスは、キッチンへ向かい自らで紅茶を淹れようとした。


「あ、私がやるわ」

「今日のところはいいよ。君は俺の恩人で、昨日はその礼をしに行ったということを忘れないでほしい」

「……でも」

「君に持って行った礼の品はほとんど渡せなかったのだからな」


 ぴしゃり、と言い切るクレスに、私は狼狽えつつも黙ってその手つきを眺めることにした。


「……」

「おっと」

「……」

「こんなもんかな」

「……」

「……う、うん。よし!」

「…………」


 クレスがこういうことは苦手だと言っていた意味が少しわかった気がする。


 なんというか……雑なのだ。

 その大きな手で適当に茶葉を入れ、豪快にお湯を注ぎ、蒸らし時間を待てないのか、彼はポットを揺すって無理矢理お湯に色をつけた。


 内心で、ひぃっ! と悲鳴を上げてしまう。


「さぁ、どうぞ」

「……いただきます」


 カップに注ぐ時もやはり豪快で、茶葉が少しカップに流れている。それに、紅茶がカップの外に零れてしまってもいる。

 彼は「ああっ」と一応慌てたような声を出すと、そこにあった布でささっと拭いてカップを私に差し出した。


「……どうだ?」

「きっととてもいい茶葉なのね。美味しいわ」

「そうか! 良かった!」

「でも、もっと美味しく淹れられる。せっかくの高級茶葉が、これでは台無しよ」

「う……」


 茶葉が良いから、飲めないということはない。きっと誰が淹れてもそれなりに美味しく飲めるほどいい茶葉だ。

 だけど、渋みが出すぎている。これは淹れ方のせいだ。本当にもったいない。


「やっぱりか……、どうもこういうことは苦手なんだよなぁ……」


 バツが悪そうに、クレスはしょんぼりと項垂れた。耳としっぽを垂れ下げたように見える。やっぱり可愛い。


 ああ……っ、抱きしめてよしよししたい……!!


「大丈夫よ、私はそのために来たんだから」

「……うん。よろしく頼む。君には迷惑をかけるが、俺が王宮にいる昼間の時間は好きに休んでくれて構わないから」



 渋めの紅茶を飲みながらソファーに向かい合って座り、クレスは自分のことを話してくれた。


 彼はエンダース侯爵家の嫡男で、両親は本邸で領地経営をされている。

 年齢は二十三歳。近衛騎士団所属で、副団長を担いながらも第一王子付きの騎士を務めているそう。


 王宮騎士であるが、なんと彼には魔力があり、魔導騎士として王子をお守りしているらしい。


「……クレスは魔法が使えるの?」

「ああ、エンダースの家系は代々魔力を持った者同士が結婚しているから、生まれてくる子供にもその力が引き継がれているんだ」


 クレスのお祖父様もお父様も、王宮筆頭魔導師だったようだ。お父様も今は引退されているようだけど、とても魔力が強く、過去の戦では勝利に多大に貢献したそうだ。


 一瞬私も魔法が使えることを伝えようかと思ったけど、誰にも話したことがないからなんと言えばいいかわからないし、そもそも魔導騎士様に自慢できるほどの腕前ではない。だから結局そのまま黙って、クレスの話を聞くことにした。



 あの日、クレスがアイマーン家の畑で怪我を負って倒れていたのは、終戦後に味方だと思っていた近衛騎士団の部下の者に、王子が襲われたからだそうだ。

 クレスは体を張って王子を守り、魔法を使ってどうにか逃がしたらしい。

 その際に魔力を使いすぎて疲労し、傷を負いながらもなんとか馬に乗って逃げ延びた先がうちの畑だったというわけだ。



「あの時は本当に助かった。あのまま寝ていたら俺は死んでいたかもしれない」

「そんな、大袈裟よ」

「いや、本当に君には感謝している」


 真剣な瞳を私に向けて、クレスは言った。

 その直後、クレスの深い青色の瞳と視線がばちりとかち合った。


 途端、クレスの表情がやわらかく緩められた気がする。

 たちまち私の鼓動はドクンと高鳴り、むず痒さを覚えた。


 こんなふうに熱い視線を殿方に向けられることに慣れていないから、恥ずかしさから思わず視線を逸らしてしまう。



 クレスは侯爵家の跡継ぎという地位にあるけれど、まだ独身でいるらしい。


 優しく、義理堅く、真面目でハンサム。

 侯爵家嫡男で騎士としても優秀。

 それにとても真っ直ぐで素直な感じがするし、可愛い一面もある。きっと女性にモテるだろう。うん、女が放っておくはずがないほど、完璧な男なのだ。



 結婚はまだでも、婚約者はいないのだろうか……。



「君には朝起こしに来てほしいのと、この部屋の簡単な掃除。それから俺が頼んだらこうやってお茶を淹れてくれると助かる。もちろんこの家で君が暮らすのに困らないよう、君が使うものはこちらで用意する。欲しいものや困ったことがあれば俺かメリになんでも言ってほしい」

「はい」


 楽しそうにこれからについて話すクレスの言葉を聞きながら、私はついそんなことを考えてしまっていた。

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