10.主は大型犬のよう
翌日の昼過ぎに、王都にあるエンダース邸に私たちは到着した。
「さぁどうぞ」
「…………」
外側から扉が開けられると、先に降りて紳士的に手を差し出し、続いて馬車から降りる私を支えてくれる騎士様。
今までこのような扱いをされたことなんてあったかしら?
……遠い昔、父がしてくれたような気がする。
けれどそんなことよりも、私は目の前のお屋敷に言葉を失った。
どこが小さな家ですか!!
アイマーンの本邸より全然大きくて立派なんですけど!!
歴史を感じさせるのにとても手入れが行き届いている貴族らしい邸宅は、庭の草木すらも隙がなく整えられている。
彼にそう言ってやりたい気持ちは心の中だけに留め、新しい職場と雇い主を前にしていることを思い出し、咳払いをして気を取り直す。
「これからよろしくお願いいたします。エンダース様」
「クレスと呼んでくれないか? それに、敬語も必要ない。君は俺の恩人であることに変わりはないんだ」
「ですが、雇い主でもあります」
「……そうだが、君は特別だ」
「え?」
〝特別〟という言葉と共に真剣味を帯びた瞳で見つめられ、ドキリと胸が跳ね、思わず聞き返す。
「あ、いや……つまり、俺の身の回りのことをしてもらうのに、そう堅くなられては頼みづらいんだ。だから君にはそうしてほしい」
「ああ、なるほど……」
そう言われても、本当に良いのだろうか?
雇い主である前に、まず身分が絶対的に違うと思うんだけど。
いいの? 本当にいいの?
でも、断る方が彼の性格上やりにくいのかもしれない。
困ったように眉根を下げ、頭をかいているその姿に、私は決意する。
「……わかった。それじゃあクレス。よろしくね」
「ああ、よろしく!」
思い切って気楽に言ってみた。その途端、ぱぁっと、とても嬉しそうに笑ってしっぽをぴょこんと立てた(ように見えた)クレスの笑顔に釣られて、私の口元も緩んでしまう。
やっぱりこの人、可愛い……!!
抱きしめてよしよししてあげたくなる……!!
胸がキュンキュン疼いたけど、それはもちろん我慢して、確かに私もこの方が肩が凝らなくていいかもしれないと思った。
こうなったらなんでも遠慮なく仕事を言いつけてもらおう。
一応仕草だけは着ている服に見合うように、恭しく礼をしてみる。
実は今朝、着替えようとした私にクレスはまたしても〝お礼の品〟を出してきた。
高位貴族のご令嬢が着るような、高級ドレス。
私には似合わないのでは……。
と思ったのは内心だけにして素直に受け取り、宿屋の女中に着るのを手伝ってもらった。
そんな私の姿を見て、クレスは頬を綻ばせて「とても綺麗だ」と言ってくれた。
綺麗だなんて言われたのはとても久しぶりだった。
たぶん母親ぶりで、男性に言われたのは初めてかもしれない。……もしかしたら父が言ってくれたことがあるかも。
ともかく、こんなに男前な人に言われる日が来るなんて。
いや、贈り物を着た姿を見たのだから、貴族にはそんな言葉は挨拶のようなものなのかもしれないけど。
それでもやっぱり嬉しい。
だから深い意味はないと知りつつも、名前で呼んでほしいと言われるとまたドキドキしてしまった。
顔の整った男はずるいと思う。
「――おかえりなさいませ、クレス様」
「ただいま、メリ」
最初に出迎えてくれたのはメイド服に身を包んだ女性だった。
深い茶色の髪を後ろで綺麗にまとめている。年齢も若く、私と近いかもしれない。
「彼女はメリ。このタウンハウスのメイド長として色々と任せている。わからないことは彼女に聞いてほしい。メリ、こちらはルビナ・アイマーン嬢だ。色々あって予定が変わった。彼女は今日からうちに住むことになったから、色々教えてやってほしい」
「……かしこまりました、クレス様」
「ルビナ・アイマーンです。よろしくお願いします」
挨拶を交わすと、彼女は感情の読み取れない表情でじっとクレスを見て、ふっと口元を緩ませた。
「なんだよ、その顔は……」
「いえ、別に。ではすぐにお部屋をご用意しますね」
「ああ、頼む」
そう言うと、彼女は表情を戻してお辞儀をし、先に邸内へと入って行った。
その後を追うように、今回一緒に来ていた執事のニコラスさんが続いた。
代わりに屋敷内から出て来た使用人たちが続けてクレスに頭を下げて「おかえりなさいませ」と挨拶をすると、馬車の荷を降ろしていく。
なんだかとても手際が良い。クレスがいちいち指示をしなくても、彼らは要領を得ている様子でテキパキと動いている。
それにしても、こんなに手厚い扱いを受けるなんて……本当に高位貴族のお坊ちゃんなのね。
……私も一応は貴族だったんだけど、レベルが違いすぎるわ。
と、改めて感心してしまう。
「疲れただろう。まずはゆっくり体を休めるといい」
「ううん、私は平気。それより何か仕事はない?」
「……随分張り切っているな」
「もちろん! しっかり働かせていただきますよ!」
気合十分なことを伝えると、クレスは「うーん」と唸ったあと、
「では俺の部屋へ案内する。そこで少し休みながら今後の話でもしようか」
と提案してくれた。
クレスの身の回りのお世話とは、具体的に何をするのか。
それを聞くために私は彼の案内で部屋へとついて行った。




