ヤーニング ー ③
トイレに立つふりをして席を外し、そのまま店の外に逃げ出す。煙草に火をつけた。
「だから、嫌だったんだよ」
誰にともなく呟く。周囲の夜は静かだ。いつの間にか雨は止んでいた。
……母の記憶は、ところどころズレている。
原因は分かっている。どこかのばかがバランスを崩したからだ。母の中で保たれていた何かの均衡が、白鳥雅人という一人の人間の不在によって崩されてしまったからだ。
その状態の母と向き合うのが苦痛だった。
久しぶりに連絡がきて、「三人で会おう」と言われた時、うまくやれる自信がなかった。それで、絵里さんに頼みこんで、彼女も巻きこんだ。だけど、その結果として絵里さんにもいやな思いをさせてしまっている。絵里さんに対して申し訳ないし、それ以上に、バランスを崩した母の姿が、見ていてつらく、苦しい。
「……ま、当たり前か」
誰も、他の誰かの代わりになんてなれない。
人数だけ無理やりに合わせても、それで家族の形が元通りになるなんて、そんなわけがない。……分かっていたつもりだったけど、今、こうしてショックを受けているってことは、おれは期待していたんだろうと思う。
二本目の煙草を喫いつぶすころには、気分も少し落ち着いて、冷静に自分の状態を俯瞰できるようになった。
――大丈夫。きっと、うまくやれる。
自分に言い聞かせて、おれは店の中に戻った。……確かに久しぶりだけど、昔はこれが当たり前だったんだ。いちいち、こんな些細なことで心にさざ波を立てるな。この場を楽しんでいるフリをしろ。
席に戻ると、話の種はまったく別の、最近はやりの店などに移っていた。絵里さんや父が、うまく誘導しているのだろう。家族の話題、「兄の不在」を想起させるような話題は徹底して避け、当たり障りのない会話を展開していた。
そのまま、食後のデザートもたいらげて、そろそろ場もお開きになろうか、というころ。おれは、なんとか乗り切った、と内心胸をなで下ろしていたのだけれど、違った。おれはすっかり油断してしまっていて、だから、母の企みに気がつかなかったのだ。
数分ほど前から、母が落ち着きのない様子で店の奥をちらちらと見ている。相変わらず絵里さんと世間話を続けながら、時折、視線をそちらへと泳がせるのだ。何かが妙だ、と思った時には遅かった。
テーブルの下で、母が小さく手を上げるのが見えた。それが合図だというように、突然、店内の照明が暗くなった。
「わ、何、なに」
「何だろうね。停電……ではないか、暗いけど明かりはついているし……」
絵里さんと父が、口々に言って辺りを見回す。おれは咄嗟に、母の見ていた方を振り仰いだ。するとちょうど、ホールケーキを持ったウェイトレスが歩いてくるのが見えた。
どこかの席でサプライスでもやるのか……そう信じたかったが、彼女の視線はおれたちのテーブルに向いていて、どうも、こちらを目指しているとしか思えない。
一瞬、本気で「席を間違えてますよ!」と言いそうになった。そうせずに済んだのは、正面に座った母がにこやかな笑顔を浮かべながら「ハッピーバースデイ」を歌いはじめたからだ。
「おめでとうございます!」
とてもはつらつとした声でケーキを差し出す彼女に、何と言葉を返したのか覚えていない。……この時点では、まだ、恥ずかしさはありつつも、素直に喜べていた気がする。ただ――直後の、母の言葉を聞いた途端、今度こそものすごい力で殴りつけられたような衝撃が頭に響いて、そのほかのことは、すべて記憶の彼方に霞んでしまった。
「ふふ、驚いた? 一日遅れだけど、お誕生日のお祝い。プレゼントも用意してあるのよ。……当り前じゃない。だって、大事な、大事な一人息子の成人のお祝いだもの」
その夜に食べた料理のほとんどはトイレで嘔吐した。
耐えられなかった。
しばらく目の当たりにしていなかった分だけ……八か月ぶりに目にしたその光景は、すさまじい暴力性をもって、おれの心の平衡をぐちゃぐちゃにかき乱した。
最悪の気分だ。
分かっていたことだった。現実から目を背けて、逃げ回った代償をいつか必ず払うことになる、そのことは分かっていた。それが、思っていたよりも強烈だった、というだけだ。
考える間にも、吐き気がこみ上げてくる。もう胃液しか溢れてこないが、それでも気分は回復しない。当然と言えば当然だ。体の問題ではなく、精神を揺さぶられたことが原因なのだから。
力なく便器に寄りかかっていると、ドアを遠慮がちにノックする音がした。
「圭祐。その、大丈夫か?」
「……まあ、何とか。そっちこそ、大丈夫?」
「父さんは、まあ……もう慣れたよ」
「そう。……はは、やっぱ、逃げた報いかな」
自嘲的にこぼすと、扉の向こうで父が動揺するのがわかった。息子に何と声をかけたものか、迷っているのだろうか。何度か咳払いを挟んで、父が言った。
「その……悪かったな。母さん、今回のことを、本当に楽しみにしてたみたいでなあ。決して、悪気はないんだが……」
「分かってる。母さんも、父さんだって悪くない。謝らないで」
渾身の力で立ち上がり、扉を開ける。父は目が合うと、申し訳なさそうに視線をそらした。
「こんな場所じゃ何だしさ。外で話そう。風に当たりたい」
まだふらつく体を支えてもらって、テラスに出る。おれの姿を認めて母が駆け寄ろうとしたが、父が遮った。どうやら、酒に酔ったということにしたらしい。まだ気分が悪いので、外で休ませる。自分がついておくから戻っていてくれ。今まで見たことがない、有無を言わせぬ調子で、父は強引に場を収めた。そうして、テラスの扉を閉めて、母に声が届かなくなってから、もう一度、父はおれに謝った。
「すまん。こんなことになるなら、会うべきじゃなかったな……」
「そんなこと言わないでよ」
夜風に当たると、気持ち悪さが少し和らぐように感じる。籐椅子に体を沈みこませ、夜の街並みを見下ろしながら……混乱した頭の中を、一つ一つ、言葉を拾い上げて整理していく。
「おれさ。ちょっと複雑だ。兄さんがいなくなってから……母さんのことを、ちゃんと見れてなかった。……や、ちょっと違うかな。見ないようにしてたんだと思う。……あの人、あんなに楽しそうに笑うんだな」
それがいいことなのかどうか、今のおれには判断できない。
母が元気に生きられるのなら、それはきっといいことだ。少なくとも、悲しみに暮れて何も手につかないよりは。けれど、母の今の笑顔は、兄の失踪を乗り越えて掴んだものじゃない。むしろ真逆だ。
母には、兄に関する記憶がない。
それだけ愛していたということなのだろう。――大切なものを失う悲しみで、心が壊れてしまわないように。母は兄に関する記憶、その存在のすべてを心から締め出して、「なかったこと」にしてしまった。
だから白鳥家では兄に関する話題は一切タブーだ。実家ではおれは一人息子ということになっている。兄の衣服や、写真、卒業アルバム、成績表から賞状にトロフィまで、兄を想起させるものは全部捨ててしまった。それでも、時折、何かの拍子に兄の痕跡が見つかって、それが母の意識の底にある記憶を刺激してしまったとき……母は激しく錯乱する。
失踪から間もない頃、母の様子を見かねたおれが兄のことに言及して、大惨事になったことがある。
当時はまだ、母の身に起こった事態を、誰も正確に把握できていなかった。だから、おれも父も、母はふざけているのだと思っていた。父は時間が解決する問題だと言って、本人の納得するまで放っておけ、と言った。けれど幼かったおれは、「くだらない現実逃避」で兄のことを存在しなかったかのように振舞う母が許せなかった。
おれを「一人息子」と言い張る母に対して、あんたにはもう一人子どもがいる、と言って、兄の映ったアルバムを叩きつけた。見る間に動転する母を見て、おれは勝利を確信して悦に入っていた。けれどそこからがひどかった。
ぶつぶつと何ごとか呟きながら部屋の中を動き回ったり、「自分の息子は一人だけ」と言い聞かせ始めたり、突然暴れ出したり。それも、周りに当たるのなら対処のしようがあるが、母は自分を傷つけたがった。おれは豹変した母に怯えて部屋の片隅で震えるだけで、母の自傷行為を止めることさえできていなかった。父が帰ってきた時、母は腕や腹、額から大量の血を流して倒れていて……もう少し遅ければ死ぬところだった。その段階まで至って、ようやく、おれと父は、母が「壊れている」ことを理解したのだ。
警察沙汰にまで発展したその事件以降、おれは家に寄りつかなくなった。
そのとき以来……おれにとって「母親」とは、棚もテレビ台もひっくり返って荒れ果てた部屋の中央で、自分の体を刃物で傷つけるような狂った存在で――理解や、まして愛情などを傾ける対象ではなかった。
表面上は穏やかでも、何かのきっかけで、またああなるかもしれない。そう思うと怖かった。そのうち表面上の穏やかさすらも、「作りもの」にしか感じられなくなって、気持ち悪いと思うようになった。そんな「得体の知れなさ」を感じながら、それまで通りの母子として接するのは不可能だった。
母の様子を間近で見ることに耐えられなくて、おれは大学進学を口実に家を出た。その分、残る父に負担のすべてを背負わせることになるのも、すべて承知の上で。
母が記憶を捨てて自分を保ったように。
おれは家を捨てて自分を守った。
だから、ずっと知らなかったのだ。母が、あんな風に笑える人間なのだということを、今日まで知らなかったのだ。
「最近じゃ安定してるよ。ただ……」
「ただ?」
「たまに雅人のことが頭に浮かんできても、『また間違った記憶が入ってきた』って言うんだ。自分には一人しか子どもがいないのに、たまに、二人いたと思ってしまうことがある、って」
父の言葉に、また胸の奥が疼く。
あくまで、母の中では「今の記憶」が正しくて、兄の記憶は偽りだという。それが本当なら……それは、とても悲しいことだ。
「でもな。完全に忘れるなんて無理なんだよ。……圭祐。このお店な、母さんが来たいと言ったんだ。お前、ここ覚えてるか?」
「……忘れるわけないよ」
そうだ。忘れるわけがない。この場所を、最初におれたち家族に紹介したのは兄だ。日頃の感謝にと、兄が連れてきてくれた店なのだ。
今思えばそれだって怪しい。高校生の兄が、どうやって四人分のコース料理の金を貯めたのか。「バイト代」と言い張っていたが、その「バイト」の内容は断固として言わなかった。たぶん、例の私有地での行動や、失踪とも関係しているのだと思う。
それでも、兄がここを紹介してくれたのは確かだし、その時の楽しかった記憶が、母の中に残ったことも事実なのだ。
「いつ来たのかは覚えてないけど、とってもいいところだったと言ってなあ」
唐突に父の声がくぐもった。顔をそちらに向けると、涙ぐんでいる。
「……あんたまで取り乱してどうすんだよ。戻れなくなるぞ」
結局、お互い平静を装えるようになるまで、そこから三十分以上かかった。
「それじゃあ、気をつけてね」
「うん。……ごめん、母さん。ろくに話もできなくて……」
おずおずと、ためらいがちに声を掛ける。母は、いいのよ、と言って首を振った。
「気にしないで。その分、お父さんとたくさん話したんでしょう。いったい何を話してたの?」
「うん、まあ、いろいろと……」
「男同士の秘密だ」
「ええー、ずるい! ね、お父さん、帰ったら、ちゃあんと教えて下さいね?」
「ええー、どうしようかなあー」
「おいこら」
いい年した夫婦が二十歳の息子の前でいちゃつくんじゃねえ。つか、話したらマジで承知しないからな。
おれたちのやり取りを、絵里さんがくつくつと笑って見ている。呼んでおいてなんだが、こういう場面を誰かに見られるのはちょっと、いやかなり恥ずかしい。
まあ、今さら恥ずかしがっても仕方ない。おれは腹をくくり、正面に立つ母に向き直る。一歩近づいて抱擁すると、母が驚いたように短く息を呑むのが分かった。けれど、すぐに嬉しそうに笑って、母もおれの背中に手を回してくれた。
「母さんも元気で。……プレゼント、ありがとう。大事にするよ」
母から離れると、父とも同じように抱擁を交わす。
「元気でな」
「うん」
もう十分語り明かしたので、別れ際はあっけない。隣では母と絵里さんも抱き合っているところだった。ここは欧米か。いや、おれが始めたんだけど。
「息子さんのことは、任せてください。責任をもって面倒を見ます」
「よろしくお願いします。この子は、たまに、とても無茶をしでかすので……」
それから、若干の名残惜しさを感じつつ、二人が車に乗りこみ、坂を下っていくのを見送る。
「ありがとね、絵里さん」
「たいしたことはしてないけどね」
「そんなこと。おれたちが外にいる間、母さんとは何を話してたの?」
「ん。まあ、お前のことばっかりよ。お前があんまり取り乱すもんだから、さすがにお母さんも戸惑ってた。でも、自覚がないからね」
「うん」
「だからまあ、適当にフォローしといた。あとは、落ち着くまで、彼女の好きに話してもらって。お前の昔の話がほとんどだったよ。で、私はそれを聞いてるだけ、って感じで。だから、たいしたことはしてないのよ、ほんと」
「そっか」
「うん。……まあ、大事な、一人息子だから、ね」
悪く思わないであげて。絵里さんはそう言って肩をすくめ、おれも苦笑交じりに頷き返す。別に、もとより母のことを責めるつもりはない。おれを想っての行動だ。
「プレゼントね。郵送とかじゃなく、どうしても直接渡したかったんだって。喜ぶ顔が見たいからって。……お前にとっては、余計きついことになっちゃったけど」
「そっか。悪いことしちゃったな」
「ま、仕方ないよ。お前だって、わざとやったわけじゃないんだから」
「そうだけど。心配させちゃった、よな……」
「とりあえず、酒のせいってことに今回はしてる」
「助かります」
「そんなに弱いのかって訊かれたから、『今日はご両親と会えるので、嬉しさで普段よりも速く酔いが回ったんじゃないですか』って言っといた」
「……あのさあ」
「感謝しろよ」
「とても良いフォローを頂いてありがとうございました!」
半ばやけになって叫ぶ。絵里さんはからからと小気味よく笑った。それから、ふっと視線を落として、「悪かった」と言った。
「私、全然だめだね。昼間の、芦原先生の件もそうだけど……お前の言葉の意味、全然わかっていなかった」
「だから、気にしすぎだよ。絵里さんは悪くない。おれが巻きこんだだけだし」
「三人だと気を遣う、っていうのは、こういうことなんだね」
「……うん。まあ、そういうこと」
母の記憶が混濁していることは、絵里さんにも伝えてある。でなければこの場には呼べない。「うっかり雅人の話題を出してしまった」では、済まされないのだ。
けれど、彼女が知っているのは「母が兄を忘れている」ということだけだ。そのしわ寄せがどんな具合に生じるのか――実際に目にしたのは、これがはじめてのはずだ。
「だから、ごめん」
「うん。ほんと、気にしないでいいから。こっちこそ、うちの家族の問題なのに、巻きこんでごめん」
いつまでも、突っ立っていても仕方ない。どちらからともなく踏み出して、車に乗りこむ。エンジンをかけると、ステレオから音楽が流れてきて、二人の間の気まずい沈黙を埋めた。そのまま、無言でしばらく走り続ける。
「さっきの話だけどさ」
おれのアパートまで後数分で着く、というころ、ずっと黙っていた絵里さんが口を開いた。
「うん? どの話?」
「お母さんのこと。……や、私が口を出すことじゃあないのかもしれないけど」
「ううん。絵里さんの意見が聞きたい。続けて」
「……忘れることで前に進めるんなら、それはそれで、一つの選択として認めてあげるべきなんじゃないかな」
「……うん」
「芦原先生のことも……お前は、あまり納得がいってないみたいだけどさ。彼女が、もうあの事件に関わりたくないというんなら、その決断をとやかく言う権利は私たちにはないだろ」
「うん。まあ、そうだよね」
「何よ、その煮え切らない返事は」
「……過去を忘れるって、つまり、見ないようにする、ってことだろ。それじゃ、乗り越えたことにはならない」
ふうむ、と絵里さんが息をつく。
「お母さんにとって、それはすっごく大変な行程だよ。忘れたままの方が楽だ。それでも、思い出した方がいいと思う?」
「だって、母さんは兄貴のことが大好きなんだぜ」
記憶をまるごと消してしまわなければ、自分自身を保てないほど。それほどに愛していたのだ。そんな相手のことを、ずっと忘れたままだなんて。自分が「愛した」という事実を忘れたままだなんて、辛すぎる。
「別に、正直、死んでたら死んでたでもいいんだ」
「急に冷たいな」
「最後まで聞いてよ。理由も分からない行方不明なんて、中途半端な形じゃなく……ちゃんと母さんの中で、兄さんを死なせてやりたい」
「ん、まあ……それはそうだね」
「そうすりゃさ、時間はかかるかもしんないけど……ほんとの意味で、前を向いていけると思うんだ」
「……後悔してるの、逃げ出したこと?」
少しためらった後、絵里さんは訊いた。おれも、すぐには答えられなくて、黙って頷く。
あのころ……母さんから逃げ出してしまったことを、今でも後悔している。
辛いのはみんな同じだった。その辛さから逃げ出さなければ……母の悲痛な叫びを受け止められるだけの、心の強さがあったら。
自分のしでかしたことはなくならないし、後悔に意味はないけど。
それでも、今日みたいなことがあった日には、弱気になって考えてしまう。
「だけど、だめだよなあ。……今だって、おれは母さんを避けてる、逃げ続けてんだ」
自分自身がそんな有様で、母に「兄の喪失と向き合え」だなんてとても言えない。
「じゃあ、今日から変えればいいんじゃないの」
情けなくて、うなだれるおれに、前を向いたままの絵里さんが声をかけた。
「このままじゃ嫌だ、って思ったんでしょ。じゃあ、その決意の揺るがないうちに自分を変えるの」
「……具体的に、なにをどうすりゃいいのさ」
「はっ」
「鼻で笑うな。……仕方ないだろ。分かんないものは分かんないんだよ」
「さっきはできてたじゃない。ああやって、ありがとうとか、素直に気持ちを伝えるのでいいんだよ」
「いや、その……さっきのは、ちょっと感傷的な気分に流されただけで」
「何を恥ずかしがってんのよ。お前みたいに斜に構えたやつより、素直な方が何倍もかっこいいんだからね」
「分かった、分かったよ! ……全部、いっぺんには無理かもしんないけど、やるだけやってみる」
「あれだ、ちゃんと電話とメールには応じてやんな」
「……努力します」
「うん。その意気だ」
やさしい声で笑って、絵里さんはおれの頭上に手を伸ばす。頭をがしゃがしゃと、乱雑に撫でられた。
「圭祐。私は、いつもお前に何と言ってる?」
「……がき」
「ううーん……まあ、それも言うけどさ。今は違くない?」
「じゃあなに」
「もっと自分を大切になさい。以上!」
声高に叫んだかと思うと、頭に乗せた手でげんこつされた。やめろよ。涙が出るだろ。