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悪そうな庭にしたい

 自転車をまたいだノキシスが、ハンドルで頬杖をつく。

 脚立から降りてきた男が、ハサミを片手に首のタオルで汗を拭った。


「ノキさん、剪定終わったよ」

「頼んでねーある」


 男の後ろで、別の男たちが落ちた枝葉を掻き集める。

 にこにこ笑うマリアが彼等へお茶を振る舞い、朗らかな空気が流れた。

 けらり、庭師の男が笑みを浮かべる。彼はホフマンという名をしていた。


「まあ、そういいなさんな」


 ぶすりと膨れたノキシスが、庭に生えた木々を見上げる。

 枝葉を整えたそれは見栄えがよくなり、剪定された垣根と合わせて印象がよくなった。

 むむむ、ノキシスが眉間に皺を寄せる。


「爽やかな屋敷になったある……」

「パンジーがそよそよしてる段階で、かなりアットホームでもあるぜ」

「わたし、金に小うるさい成金の家目指してるある! 爽やかグリーン呼んでないね!」

「成金ねぇ……」


 ホフマンがまじまじとノキシスの屋敷を眺める。

 マリアが日々欠かさず手入れしている花壇に、マリアの好みがくっきりと反映されたガーデングッズ。

 清潔に保たれた窓には指紋ひとつなく、覗いた白いレースのカーテンはかわいらしいリボンで留められていた。

 出窓に飾られた白いバラと緑の葉が、爽やかさを演出している。


 ホワイトナチュラルってやつだな。

 ホフマンがいい笑顔で頷く。


「いい家じゃねぇか!」

「否定はしねーけど、そうじゃねーあるー!」


 力いっぱいノキシスがハンドルを叩く。

 ちりん! 衝撃に揺れたベルが軽やかに鳴った。


「もっとおどろおどろしくて、嫌味そうで、近寄るのも嫌な屋敷にしたいある!」

「お化け屋敷にリフォームか?」

「ちっげーある!!」


 ノキシスが息巻くも、ホフマンは小指で耳をほじり、話の半分も聞いていない。

 すっかり団らんしている彼の仕事仲間が、愉快そうな笑い声を立てた。


「ノキさん家をお化け屋敷にしても、チビどもの格好の遊び場にしかなりませんよー」

「ちげぇねえ!」

「うっさいある! チビッ子お断りよ! 泣いて嫌がる場所にするある!」

「例えば?」


 ひとりの問いかけに、ふるりとノキシスが口を噤む。彼の貧困な成金のイメージが、必死に引きずり出された瞬間だった。

 ずれる眼鏡を押し上げ、この屋敷の主人が俯く。


「……金の彫像を置く、とか」

「落書きされるのがオチだな」

「等身大の彫像、作ってやろうか?」

「ノキさーん、こっち来てくださーい! メジャー持ってるんで計れますよー」

「い、いやある! 作らねーある! ただの口からでまかせよ!!」


 三つの口からからかわれる主人を、マリアがにこにこ見守る。

 平和ね。彼女の穏やかな顔は、そう物語っていた。


「そういやノキさん、出掛けねぇのか? ずっと自転車またがってるけどよ」

「……足がつかねーある」

「んん?」


 噴き出しそうな衝動をこらえたホフマンが、にやにや口許を緩めながら尋ね返す。

 再び不機嫌そうな顔をしたノキシスが、サドルに乗った。


 ぷらん、地面に掠りもしない爪先が、ぷらぷら宙を浮く。

 そのまま自転車を斜めに倒して、ノキシスが着地した。

 膝をたたいて笑ったホフマンが、腹を抱える。庭師仲間が必死に口許を押さえ、目に涙をためた。


「ひぃーっ、ノキさんそれ最ッ高!!」

「ひでぇある。心に深い傷を負ったある。慰謝料請求するある」

「あっはっはっは! わりぃわりぃ……!」


 ずれる眼鏡をじっとりとさせ、ノキシスの口がへの字を描く。ぶすりとハンドルで頬杖をついた彼が、ふんっとそっぽを向いた。


「絶対これ、サミュの仕業ね。あのスタイリッシュ少年、腹立つくらい脚長いよ」

「ははははっ、はあぁぁー。そりゃあ、サミュはなあ。将来有望だからなあ!」

「そうそう! こんな田舎にいるには惜しいよなあ、あいつ!」


 がはは! 笑った庭師連中に、ノキシスが複雑そうに口を閉じる。

 年若い庭師が、にこにこ笑みを浮かべた。


「サドル、降ろせないんですか?」

「あいつ馬鹿力で締めたみたいある。ノキさんのか弱いおててじゃ、かなわねーある」

「ぶはっ、貧弱!」

「ノキさん傷つくよ!?」


 ノキシスの訴え空しく、男たちが愉快そうに笑う。

 むっすり頬を膨らます領主へ、笑いを残したホフマンが近づいた。サドルを固定する金具を、彼がひねる。


「ほらよ。ここでいいか?」

「今はじめて心から助かったと思ったある」

「はははっ」


 ようやく座れたサドルと、地面についた両足に、ノキシスが満足そうな顔をする。

 ホフマンを見上げた彼が、ずれる眼鏡を押し上げた。


「12歳過ぎた辺りで、もうだめだったね。サミュに力でかなわねーある。子どもの成長はあっという間ね。ノキさんもうおじさんよ」

「ノキさんでおじさんなら、俺らじいさんだ。ははっ、まだ若い若い!」


 勢いよく背中を叩かれ、ノキシスが痛そうに噎せる。うさんくさい眼鏡が、大きくずれた。


「げほっ、ああっ、剪定の代金支払うよ。いくらね?」

「ノキさんが金の彫像建てるときに、まとめて払ってもらうわ」

「そんな予定ねーよ!?」

「そうそう、派手なん作ってやるよ!」

「いらねーある!!!!」


 荷物をまとめた庭師連中が、いい笑顔で片手を挙げた。颯爽と門をくぐっていく。

 マリアがにこにこ見送った。

 ノキシスがぷるぷる震える。彼が口の横に両手を当てた。


「わたしこの町一番の金持ちよ!? ちゃんと支払わせろあるーーー!!!!」

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