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領主様失踪事件3

「しょ、小生、その、……今日は、……インスピレーションを得るため、……も、森に、行っていたで、あります……」


 ぼそぼそとした声音で語る、小説家ノルベルトは、誰とも目を合わさないよう視線を俯けていた。

 はい。サミュエルの打った相槌に促されるように、青年が話を続ける。


「そ、そこで、じ、自転車っ、……領主様の、自転車が、木陰、に……とめてあったので……あります」

「木陰ですか? どの辺りに?」

「橋の、手前、で、あります」

「手前? それは、いつ頃の出来事ですか?」

「夕方……で、あります。……その、それで……」


 ますます声量を落とした青年の証言に、周囲が懸命に耳をそばだてる。

 静まり返る店内は緊張を煽り、ノルベルト青年のなで肩は、一層狭まった。


「領主、さまの、自転車……だと、わかった、ので、……不肖ながら、小生、……お、お屋敷まで、運んだ、で、あります」


 マリアが、はっと口元を押さえる。


「で、ですがっ、……呼び鈴を、鳴らして、も、……だ、誰も、出なくて……」

「……マリアがここに来たときですかね?」


 夕方の出来事を思い返し、サミュエルが脳内で時系列を組み立てる。

 おろおろとするマリアは、青年の話を見守っていた。


「しばらく、待った、で、ありますが、……もしかすると、領主様、……自転車、を、お探し、かと、思い……橋まで、戻った、で、あります……」

「すれ違いしてますね……俺たち……」


 恐らく、サミュエルたちが聞き込みを始めた段階で、ノルベルトは橋へ戻ったのだろう。

 エリアスが虚空を見上げ、「あちゃー」目元を覆った。


「そ、れで、……橋の周囲を、さが、し、て……領主様が、いないか、……し、しばらく、うろうろ、と……」

「……それでまた、屋敷の方へ戻ったんですね……」


 こくり。消え入りそうなほど縮こまる青年が頷く。

 その場にいた全員が顔を覆い、深く息をついた。


 ……タイミングが、悪かった……。


 全員の心がひとつになった瞬間だった。


 恐らくノルベルトは、屋敷から町へ向かい、騒然となっている様子に驚いたのだろう。

 そして捜索の拠点となっているパブリック・ハウスに顔を出した。


「橋の辺りで、人影とか、見ませんでしたか?」

「……ひとり」

「いたんですか!?」


 ダメもとで尋ねた言葉に返事があり、サミュエルが身を乗り出す。

 大袈裟なまでに身体を飛び上がらせたノルベルトが、もごもご、呟いた。


「でも、あまり、関係ない、ような……」

「構いません! どんな人でしたか!?」

「……女の子、だったで、あります……大怪我をした」

「へ?」


 思ってもみなかった人物像に、少年が間の抜けた声を発する。

 分厚い眼鏡越しに、ちらと顔を上げた青年が、即座にうつむいた。


「腕を、三角巾で……吊った、……眼帯の、少女、で、あります……」

「ああぁ……あの子……?」

「あの姿はまさしく、ちゅうにびょう……!!」

「ちゅうにびょう??」


 ノルベルトの小声の早口に、サミュエルが首を傾げる。

 心配そうな顔のエリアスが、少年の脇腹を小突いた。


「重傷じゃん、その子。大丈夫かよ?」

「あー……まあ……」


 心当たりのあるサミュエルは、曖昧に言葉を濁し、視線を逸らした。

 ……言えない。その大怪我がファッションだなんて……。


「俺! その子のとこ、いってきます!」

「サミュさん、私も行くわ!」


 きつく胸元を握ったマリアが、メイド服の裾をひるがえした。






 少女の住む家の呼び鈴を鳴らすと、秒と待たずに玄関が開かれた。

 飛び出した眼帯の少女は、サミュエルの顔を見るなり、落胆に満ちた声を発する。


「……何だ、貴様か」

「随分な謂れだよな、これ。きみに聞きたいことがあるんです」

「断る。ボクは忙しいんだ。これより聖域を巡礼し、大天使より祈りの託を賜らなければならない」

「どうしよう……なんていってるのかわかんねー……」


 ぞんざいな態度で放たれた独特の言い回しに、少年が両手で顔を覆う。

 マリアも不思議そうな顔をしており、少女とサミュエルを交互に見遣っていた。


「ノキのことです! 今日、ノキと会いませんでしたか!?」

「新世界を統べし者なら、ボクと邂逅したぞ」

「んんんっ? 会った、んですよね?」


 ――新世界を統べし者?

 随分と物々しいな?


 サミュエルが頭上に疑問符を大量に並べる。


「そう伝えているはずだ。……ふん。物分かりの悪いやつめ」

「聞こえてるからな、その悪口!!」


 憤る少年から、少女が顔を背ける。

 つーん、としたその仕草は、完全に拗ねているものだった。


「くっ……いつ会ったんですか?」

神々の黄昏(ラグナロク)

「んんん???」

「いや、羅針盤が黄金を示しただけで、時辰儀は時の門を閉じていなかったな」

「ナンダッテ???」


 サミュエルの頭痛が増す。

 彼の主人ならば、ユーモアをもって返答できただろう。

 けれども今、その頼れるノキシスがいない。


 ――羅針盤? 時辰儀? なんて??


 少年が困惑すればするほど、少女の機嫌が悪くなる。

 むっとした彼女が、両腕を振り上げた。


「聖なる神の城で、甘美なる戯れの時刻だった! もういいだろう! ボクは忙しい!!」

「あっ、ちょ、待てって! ノキを探すのに、協力してくださいよ!!」

「……っ」


 玄関を閉じようとした少女に抗い、サミュエルが協力を求める。

 ぴくりと肩を震わせた彼女が、俯いた。


「……ボクは止めたんだ。だが、彼はボクを庇い、死地へ赴いた」

「どこですか、そこ。ノキどこ行ってんですか」

「聞いてくれ。ボクの懺悔を……」


 ぽつり、ぽつり、微かな声で少女が語り始めた。

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