カボチャバラバラ事件4
マリアの淹れた紅茶と、マリアの焼いたクッキーを前に、ドナ少年は肩身を狭くさせていた。
今にも泣き出しそうに唇を噛み締め、固く握った両手を膝の上に置いている。
一方、対面のソファに座る領主はゆったりと紅茶を飲んでいた。
彼の後ろに控えるサミュエルが、困惑した様子で彼等を見比べる。
「ドナ、どうして突然謝ったんですか?」
「彼が畑を荒らした張本人だからだよ。正確には、誰かを庇っている、かな」
「まさか!」
驚愕に声を上げたサミュエルに反して、こくりと小さく頷いたドナが嗚咽を漏らした。
うぐっ、うえっ、上がる引きつった声に、慌てたサミュエルがテーブルナプキンを差し出す。
「不審な点はいくつかあった。部分的に削られたカボチャ。一方向の足跡。けれども何より、被害はトンネル状のカボチャ畑の、低い位置だけだという点だ」
ゆったりと話す領主に、ぐすぐす鼻を鳴らすドナが布越しに顔を上げる。
ジャケットのポケットからハンカチを取り出したノキシスが、言葉を続けた。
「きみがシリウスに診せている動物は、ウサギではないかね?」
「!」
広げられたハンカチに収められた、青々とした緑の葉。
しかしその端はギザギザと欠け、何かに食べられたのだと主張していた。
その葉を目にした途端、ドナの顔から色が失われる。
かたかた小刻みに震える彼が、ごめんなさい、掠れた謝罪を呟いた。
「こっ、今回が、はじめてなんです! だから、あの子を食べないで!!」
「……食べる?」
勢い良く立ち上がり、音が立ちそうなほどに頭を下げたドナが、涙声で叫ぶ。
はてと瞬いたノキシスが、サミュエルと顔を見合わせた。
落ち着いた声音で、怯え切った少年に声をかける。
「わたしは事情を聞いているだけだよ。ゆっくりでいい。話しなさい」
「ぐすっ、あの子、ウサギ、……罠にかかって、本当は食べられる予定だったんです……」
ぽろぽろと涙を落としたドナが、しゃくり上げながら固く手を握る。
ベーレエーデは田舎町だ。
領主であるノキシスが、不当だった税率を下げたことによって現在は安定しているが、それでも裕福とは言い難い。
民族的にも農耕と狩猟に重きを置いているため、野ウサギはいわばご馳走だった。
「で、でもっ、かわいそうで! 怪我しちゃってたけど、生きてたし、お父さんとお母さんに無理言って、迷惑かけないって、ちゃんと世話するって言ったのに!!」
「それで、獣医のシリウスに診てもらっていたんですね……」
「ぐすっ、ちょっと目を離した隙に、逃げちゃって……! 捕まえたときには、畑がぼろぼろでぇ……!」
本格的に泣き出したドナに、サミュエルが不憫そうな顔をする。
あの怒るとこわいホフマンと、真っ青になっていた彼の妻を前にして、ウサギがやりましたなどと打ち明けては、恐らく少年にとって悲しい結果が待っているだろう。
どうしましょう、執事が領主を窺い見る。
考え込むように顎に手を添えていたノキシスが、なるほど。小さく呟いた。
「それで、ウサギがかじった痕跡を消すために、夫人の靴を履いてナイフで切り落としたんだね」
「はいっ」
「何でわざわざ夫人の靴なんですか?」
「子どもの靴では、容疑者の特定が容易いだろう?」
ドナは10歳の少年だ。
この田舎町で、10歳程度の靴の大きさの子どもがどれほどいるのか。
それこそ、真っ先に疑われるのはドナだろう。
土壇場でよく頭の回る……。サミュエルが内心息をついた。
「じゃあ、切り落としたあとは? どうやって土手まで戻ったんですか?」
「後ろ向きで……、葉っぱとか落としてないか、確認しながら……」
「なんて用心深い」
執事が天井を見上げた。
その用心深さのせいで、『足跡の主が忽然と姿を消した』と勘違いしていたのか。彼が納得する。
「……でも、ますますどうするんですか? 本当のこと言えませんよ、ノキ」
サミュエルの言葉に、再びドナが嗚咽を滲ませる。
ゆったりと立ち上がったノキシスが、ドナの頭に手を置いた。
「よく話してくれたね。こわかっただろう」
「うぐっ、ぐすっ」
「これからはシリウス指導の下、ウサギの飼い方をしっかりと学びなさい」
「はいぃっ」
そっと撫でられる頭に、ドナが懸命に目許をこする。
けれどもノキシスは、これから犯人を別に用意しなければならない。
果たして明日までにどうにかできるのか?
サミュエルが不安そうな顔をした。
軽く手を叩いたノキシスが、さあ、明るく微笑む。
彼の手が、冷めた紅茶とクッキーを示した。
「マリアが焼いた自慢のクッキーだ。折角だから食べておくれ」
「……ノキ、やっぱり眼鏡、そのままの方がいいですよ。好感度高いです」
「嫌だよ。わたしはうさんくさくて、金に小汚い陰湿な成金貴族になりたいんだ」
「無理しないでください、ノキ。ドナもそう思いますよね」
「えっと……」
ソファに座ったドナが、視線をさ迷わせたあと、こくりと頷く。
ショックを受けたといった顔をしたノキシスが、額を押さえて緩く首を振った。
「やはり眼鏡か……」
「眼鏡に重役を課しすぎでは?」
「やれやれ。わたしは教会へ向かうよ。サミュ、あとのことは任せた」
「え!? いや、俺も行きます!!」




