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カボチャバラバラ事件3

 システィーナを屋敷まで送り、早急に引き返したサミュエルが、ゆったりと歩くノキシスを見つける。

 町の子どもたちを引き連れた彼は、両手をそれぞれ別の子どもに握られていた。


 自転車を減速させたサミュエルへ、子どもたちが手を振る。

 ブレーキの音を響かせて止まったサミュエルが、慌てた様子で主人を呼んだ。


「ノキ! なに悠長に歩いてるんですか!」

「じゃりんこどもに、聞きてーことがあったある」

「じゃりんこじゃねぇやい!」


 ノキシスの腰にしがみつくひとりが反論する。

 疑問符を浮かべたサミュエルが、自転車を押しながら彼等の速度に合わせた。


「聞きたいこと? 子どもにですか?」

「じゃりんこの着眼点はえぐいあるよー」

「あのね、ノキおじちゃんにね、このごろのあそび場所をおしえてたの!」

「ひみつきちなんだぜ! サミュ兄ちゃんにはおしえなーい」

「おい」


 ノキシスの手を取る少女と少年が、それぞれ弾んだ声を上げる。

 低くなったサミュエルの声にも怯むことなく、彼等がにしにし笑った。


 けれどもひとりのおさげ髪の少女が、あ、と声をもらす。


「でもね、この頃ドナが来ないんだ」

「ドナ?」


 サミュエルが、ドナ――ホフマンの上の息子を思い返す。

 サミュエル自身が10歳の頃はスリに明け暮れていたが、ドナは真面目で大人しい少年だった。


「ドナ、前までいっしょにあそんでくれたのに……」

「なーんか、シリウス先生んとこに行ってるみたいなんだ」

「シリウス? 獣医の?」

「うん! ラッパに向かって話しかけるんだぜ!」


 入り組んだ城壁に住む獣医、シリウスとの連絡手段は、窓から壁面に這わされた金属性のラッパだった。

 彼は重度の人間嫌いではあったが、人間以外の動物に対しては優しかった。治療なども率先して行う。

 ただし、人前には決して姿を見せない変わり者であった。


 ますます不思議そうに瞬いたサミュエルが、困惑のままにノキシスへ視線を向ける。

 にこにことしている彼は、おっとりゆったりとしており、完全に素の顔をしていた。


「……ノキ、そんなのほのほして、本当に大丈夫なんですか?」

「さてね」

「さてね、って。本当に犯人わかってるんですか? 明日までですよ?」

「ほら、分かれ道だ。ルーゲン神父が待っているよ」

「ばいばい! ノキおじちゃん、サミュ兄ちゃん!」


 のどかな田園風景に街並みが交わり、子どもたちが手を振って駆けて行く。

 手を振り返したノキシスが、のほほんと微笑んだ。


「やっぱりあの眼鏡がないと、気が締まらないね」

「誰も眼鏡の話なんてしてませんけど」

「サミュ、乗せておくれ」

「ノキ、聞いてますか?」


 サミュエルの押す赤い自転車の荷台に座ったノキシスの足が、ぷらんと宙を浮く。

 ひとつ嘆息した領主が、おっとりと口を開いた。


「さっぱりわかっていないよ」

「何でそんな優雅に構えてるんですか!?」

「いや、わたしもうさんくさく気を張りたいのだがね、どうもこの眼鏡では調子が出せず……」

「うさんくさくなくていいんで、もっと必死さを見せてください!」

「おやおや」


 事務用の眼鏡をハンカチで拭い、困ったようにノキシスが笑う。

 今日のわたしはボロボロだね。のんびりとした感想だった。


「サミュ、きみはどう思う?」

「俺ですか!? ううーん……、誰がカボチャ畑を荒らしたか、ですよね。足の小さな人……ううん」


 自転車を押しながら、サミュエルが悩みに満ちた声で唸る。


「農家の人たちではないと思うんです。メリットがありません」

「そうだね」

「部外者のシスティーナは怪しくはありますけど、わざわざミニカボチャを切り刻みますかね?」

「さてね。カボチャが極度に嫌いなのかもしれないよ」

「通り魔すぎません?」


 キコキコ、車輪の回る音が響く。

 すっかり朝霧の晴れた周囲はあたたかな日差しを伸ばし、日陰の長さを短くさせていた。

 もうお昼だね。のんびりとノキシスが呟く。


「あと、足跡の主はどこへ消えてしまったんですか?」


 畑の惨状を思い返したサミュエルが、やわらかな土に残された足跡を指摘する。

 土手へ戻ることなく途中で途切れた痕跡は、不気味さを煽った。


「消えてなどいないよ」

「はい?」

「やあ、きみがドナかな?」

「!?」


 のんびりとしたノキシスの声に、慌てたサミュエルが振り返る。

 軽い足音を立てて走ってきたそばかすの少年が、息を整えるように膝で手をついた。


「ご、ごめんなさい! 領主さま!!」

「ど、どうしたんですか、ドナ!?」


 そのまま膝をついて謝り出した少年に、サミュエルが狼狽する。

 自転車から降りたノキシスが、腰を屈めて少年の肩を叩いた。


「わたしは朝ごはんがまだでね。きみが良ければ、わたしの屋敷で話を聞かせてくれないかな?」

「は、はい!!」


 顔を上げたドナが、目に涙を溜めて頷いた。

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