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カボチャバラバラ事件2

 ホフマンは庭師としてノキシスと関わっているが、本業は農家である。


 彼の管理する畑は、早朝にも関わらず騒然としていた。

 ゆったりと漂う朝霧に、ざわざわとした声が混じる。


「ホフマン、マリアから急用と聞いたある。どーしたね?」

「ああっ、ノキさん! 見てくれよ、これ!!」


 サミュエルがこぐ自転車から降り、ノキシスが殺気立つホフマンへ話しかける。


 自転車のスタンドを立てたサミュエルの元へ、全力疾走を強いられたシスティーナが、へろへろとしな垂れかかった。


 ベーレエーデは田舎町である。

 のどかな景色は広大な土地を有し、想像を絶する距離を走らされた彼女は、汗だくで息切れを起こしていた。


 少々乙女らしくない表情の彼女を一瞥したサミュエルが、ポケットからハンカチを取り出し、システィーナの手に握らせる。

 さっさとノキシスを追う執事の姿に、新人メイドは憤慨した。


 ――こんのクソガキ!! ちょっとは労わりの言葉くらいかけろし!!

 ちょーっと顔が良いからって、調子乗ってんじゃないし!!


 ぜはーぜはー肩を上下させ、システィーナが胸中で罵る。

 仕事でなければ、彼女がサミュエルを誘惑することなどなかっただろう。


 一方、しっとりと湿る畑に屈んだノキシスが、ホフマンの示す惨状を検分する。


 一見すると、緑のトンネルだった。

 これからまるまる育つだろう、そう予感させるミニカボチャが、ツルや葉ごとナイフのようなもので切断されている。

 その被害は特に足許に広がり、ぱっと見ただけで大損害を予想させた。


 抉られたカボチャが惨たらしい。

 落ちた青々とした葉を拾い上げたノキシスが、方々を見遣る。


 土手では管理者のホフマンが悪態をつき、その妻が蒼白な顔色で座り込んでいた。

 畑仲間も集まり、各々が自身の畑について情報を交換している。


「誰がこんなことを……」

「うちの畑には被害は出てないぞ!」

「うちのもだ!」

「他に被害は出てないか!?」


 飛び交う声は緊迫しており、事態を重く見たサミュエルがノキシスの傍に屈む。

 乱雑に頭を掻いたホフマンが、膝をついて領主へ頭を下げた。


「すまねぇ! ノキさん!!」

「落ち着くんだ。きみの責ではない」


 無残な姿をさらしたカボチャの検分を終え、ノキシスがサミュエルの手を支えに立ち上がる。

 事務用のずれない眼鏡を押し上げ、彼が一同を見回した。


「今朝までに、畑へ降りたものは?」

「俺と、息子ふたりだ」

「では、最初に気がついたのは誰だね?」

「末の息子だ」


 ホフマンが視線を滑らせ、家屋の脇に立つ少年ふたりを示す。

 10歳ほどの兄と、7歳ほどの弟だった。

 ふむ、ノキシスが顎に手を添える。


「足の大きさが合わないな……」

「何がですか?」


 畑の柔らかな土を見つめる上司に、サミュエルが身を乗り出す。


 覗き込んだ先には、カボチャへ向かって進む小柄な足形が残されていた。

 それも、足先は土手を向くことなく突き進んでいる。

 まるで足跡の主が畑の真ん中で掻き消えたかのように、それは途切れていた。


 ノキシスが立っていた場所から一歩逸れる。

 出来上がった足形は一般男性よりちょっと小柄なもので、けれども残された足形よりも格段に大きなものだった。


「見たところ、女性の足跡のようだ」

「そ、そんなッ! 領主様はあたしを疑っているのかい!?」


 顔面を真白にさせたホフマンの妻が、がたがた震えながら両手の指を絡める。


 この地ベーレエーデは、かねてより横暴な領主が治めている。

 ノキシスは着任してから未だ5年の若造であり、当時の恐怖政治の痕跡は色濃く残されていた。


 周囲が色めき立つ中、ノキシスがゆっくりと首を横に振る。

 彼の声音は落ち着いていた。


「まさか。事実を検分しているだけだ。この案件はわたしの方で預からせてもらおう。任せておくれ」

「で、でも、ノキさん……」


 犯人候補に妻が挙げられ、狼狽し切ったホフマンが声を絞り出す。

 彼が大きな身振りを取った。


「妻にこんな馬鹿げたことする利点なんてねぇんだ! きっと、この町を脅かそうとしている奴の仕業にちげぇねぇ!」

「そ、そうだそうだ!!」

「折角冬に備えてるのに、あたしたちを餓死させようって魂胆なのよ!!」


 口々に叫ばれる不安が、自転車の傍らで唖然としている新人メイドへ向けられる。

 システィーナを指差した誰かが、大声で叫んだ。


「たっ、例えば、そこの余所者とか!!」

「あ、あたし!?」

「そうだ!! そいつのせいに違いねぇ!!」

「ま、待ってよ! あたしやってないし!!」

「落ち着くんだ」


 土手から上がったノキシスが、興奮する領民からシスティーナを庇うように立つ。

 緩く彼女の背を押した彼が、普段のうさんくささが嘘のように、自信に満ちた顔で片目を閉じた。


「誰の仕業か、ほとんど検討がついているんだ。これから準備に向かう。また明日、答え合わせをしよう」


 騒然とする周囲に構うことなく、サミュ、軽い調子で執事を呼び寄せる。

 弾かれたようにサミュエルが駆け寄った。

 少年のこぐ自転車の荷台にシスティーナを乗せ、残されたノキシスがにっこりと見送った。

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