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ホテルの屋上にて

 外の光がほとんど入ってこない屋上に続く階段を、アサヒは鞄の中にしまっておいたペンライトの明かりを頼りに登っていた。


 別に警戒を怠っている訳ではないが、階段の先にかすかに開いた扉の外から、自分の名前を呼ぶミソラの声に、アサヒはどうも身が引き締まらないのも確かだ。


 扉を開けると、まず、先に飛び込んできたのは、雲の全くない真っ青な空。


 そして、ここから一望することの出来る黒い海だった。


「あ、おにぃ。こっちこっち!」


 下に居た時とはまた違った外の景色に、一瞬目を取られたアサヒは、ミソラの声で我に返ると彼女のいる方へ足を進めた。


 雨上がりのせいか、屋上の床は、排水しきれなかった水溜まりがちらほらと出来ており、足場はあまり良くはなかった。


「おにぃ、早くこっち来て!」


 手招きするミソラの所まで行くと、彼女はは大きな室外機の下の小さな隙間を、身を低くしながら覗き込んでいた。


「ミソラ、何してるんだ?」


 やれやれ、と思いながらアサヒは聞くと、ミソラは「あっ」と言って顔を上げる。


「それがね、おにぃ。猫さん、この下に隠れちゃって出てこないの……!」


 ミソラがそう言うので、アサヒも同じように室外機の下を覗くと、そこには「キシャァァァ!」と毛を逆立てさせて、威嚇する小さな子猫がいた。


「この子ね、警戒しちゃって、うんともすんとも私の所に来てくれないの……」


「まぁ、こいつ、どう考えても野良猫だからな。仕方ないんじゃないか?」


「うん……。でもね、こんな所に独りいるのって珍しよね。お母さんとはぐれちゃったのかな?」


「さぁ、どうだろうな……」


「この子、このまま放っておいたら、食べるものなくって死んじゃうよ……。おにぃ、どうしよう……」


「そうだな……」


 少しだけ悩んだアサヒは、背負っていた鞄を下すと中から、未開封のレーションの袋を破って、中身を半分にしてミソラに渡した。


「これでも、あげてみたらどうだ?」


「うん……。分かった」


 ミソラはレーションを受け取ると、手の中で小さく砕き、2人を警戒している子猫に差しだした。


 すると、子猫はそれに興味を示し、ぺろぺろと舐め始め、レーションが食べ物だと分かると、少しづつ食べ始める。


「やっぱり、お腹減っていたみたいだな……」


「えへへ。そうみたい……」


 ほっとした無邪気な笑み見せるミソラに、「にゃー」と鳴いて、レーションを全部食べ終えた子猫は、すり寄り可愛らしく抱っこを要求してきた。


「わぁぁぁぁ。おにぃ。かわいいね!」


 子猫を抱きかかえたミソラは、頭を優しく撫でた。


「おにぃ、この子。連れて行っても良い?」


 ミソラのそのお願いに、少しだけアサヒは困った。


「だめ……?」


「うーん……。いいけど、面倒お前が見ろよ……」


 アサヒの許可が下りたとたん、ミソラの表情はぱぁーと明るくなる。


「よかったね。にゃんた……」


「にゃんたって……。お前な……。もう少しだけ、まともな名前を付けてやれよ……」


「え、いいじゃん。にゃんた。かわいいのに……」



 ミソラが抱きかかえた子猫の頭を撫でながら、「にゃんた、にゃんた。にゃおー!」と訳の分からないことを言っている、そんな時だった。


 先ほどバイクを止めたパーキングエリアのある方角から、数発の銃声が鳴るのが聞こえた。


 しかも銃声は、鳴りやむどころか音は少しずつこちらに近づいて来ている。


 アサヒは、反射的に身を屈めると、銃声のした方角の屋上の手すりまでゆっくりとやって来て、その隙間からライフルのスコープを取り出して様子を見る。


「おにぃ、いったいどうしたの?」


 猫を抱きかかえて隣に来たミソラを、「しっ」と言ってアサヒは静止させる。


「何か、こっちの方に近づいているみたいだ……」


 アサヒがそう口にすると、再び銃声が鳴ったと思いきや、道路の奥に会った建物の陰から、旅用のローブを身に着けた10代の少女が、何か怯えたように走って来るのが目に映った。


 そして、しばらくするとその少女を追う、銃器を持った男達3人が、同じく建物の陰から現れ、銃を構えて発砲する。


 見たところ、銃を持った男達は、この辺りを縄張りにする盗賊かなんかで、コミュニティを移動中の旅人を襲っている最中と言った所だった。


「おにぃ、おにぃってば!」


 待つように言ったのに、それにしびれを切らしたのか、ミソラは耳元で大声を出した。


「なんだよ?ミソラ」


「私にもそれ、貸してよ!」


 ぶぅーと頬を膨らませるミソラに、アサヒは仕方なくスコープを渡した。


「ミソラ、女の子が追われているのが見えるか?」


「えー、どこどこー?あ、いたっ!」


「奴らの数は分かるか……?」


「えーと、男達の数は……。ひーふーみーよー。あれ、奥の方からまだまだいっぱいやってくるみたいだね……。あの子、大丈夫かな……?」


「普通に考えて駄目だろうな……。まぁ、俺達にとっては、関係のない話だが……」


「おにぃ、助けてあげないの……?このままじゃあの子、殺されちゃうかもしれないよ……?」


「いや、ここは見逃す……。敵も多いし、それに、あの子を助けたところで、こちらに何の得もなさそうだからな……」


 冷淡に言うアサヒに、スコープを覗き続けるミソラは「でも……」と前置きすると


「おにぃ、あの子。この建物の中に入ってくるみたいだよ……。あ、追いかけきた男の人達も……」


 スコープを覗くのをやめたミソラは、にっと笑いながらアサヒを見た。


「おにぃ、こうなったら、あの子を助けるしかないみたいだね……」


 ミソラの言葉に、アサヒは自分の思考が一瞬止まり、表情から血の気が引いて行くのを感じた。


 出来ることなら、移動中の揉め事は避けたかったのだが、こうなっては仕方がない。


「ふぅ……。まったく……」


 溜息を洩らしたアサヒは、ずっと背負っていたライフルを構え直した。




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