目に見える終わりの世界2
東京都某所。
それはかつて、文化通りと呼ばれた渋谷の繁華街である。
ここでは、特に若者を標的とした店舗が立ち並び、多くの人が昼夜を問わず行きかっていたと聞くが、今はもう誰もいない。
あるのは沈黙の空気と、時折吹き荒れるビル風くらいだろうか。
電気や水道と言ったインフラは、すでに放棄され、道路には旧世代の車両が、錆びついて転がっている。
ただ、土がむき出しになった道路の割れ目から、自分達の世界を取り戻そうと草木が奮闘しているのは、少しだけ皮肉だ。
混沌を極めたこの世界。立ち直ることも、希望も持とうとしない人間より、よっぽど逞しく思える。
遠雷が鳴り、少しだけ薄暗くなった街の中、109の建物を遠目に、地面に貯まっていた水溜まりをかき分けながら進む、1台のバイクの姿があった。
運転席に座る10代の若い青年は、通り過ぎる標識を見ながら、現在地を頭の中で、何度も確認するが、しばらくすると、ブレーキレバーを握ってバイクを停車させた。
なぜなら、目の前に続いていたはずの道路が、一部陥没していたからである。
数メートルほど開いた地面から突き出した配管からは、濁った水がじょぼじょぼと噴き出していた。
それを見て、運転手の青年は「ふぅ……」と小さく嘆息すると、目元のゴーグルを頭の上に上げる。
「ここも駄目か……」
キリっと吊り上がった目つきに、どこか気だるそうな雰囲気を醸し出す青年は、癖毛な自分の髪を乱暴に掻きながら、曇天にうごめく空をふと見上げた。
「それに、もう少ししたら、ひと雨来そうだ……」
独り言のようにしてつぶやいた青年は、バイクのエンジンを切って座席から降りると、側面に取り付けた武器ホルダーから猟銃を引っ張って、肩に担いだ。
「ミソラ、今日はここで野宿だ……。早くしないとびしょ濡れになるぞ……?」
バイクに取り付けたサイドカーに向かって、青年はそう言うが、何も反応はない。
「ミソラ、聞こえているのか?」
青年は再度、サイドカーを覗き込むと、ミソラと呼ばれた少女は、羽織ったマントのフードを目元まで被り、すぴーと小さな寝息を立てながら眠っていた。顔は半分ほどしか見えない。
「アサヒにぃ……。私もう食べられないよ……。にゃはは……」
アサヒと呼ばれた青年は、そんなミソラの肩を何度か揺するのだが、彼女は起きる素振りを見せない。
「アサヒにぃ……。ふへへへ。お肉がこんなにいっぱい……」
口元から、よだれを垂らしながら寝言をぼやくミソラに、アサヒは苦笑いした。
――いったい、どんな夢見ているのやら……。
お腹が膨れそうな夢なのは確かだ、とアサヒは鼻で笑った。
サイドカーで眠るミソラの容姿は、10代前半の少女と言った所だろうか。
身体も顔立ちもどう見ても幼い彼女は、一見外国人かと思うような銀色の髪をしており、その姿はまるで、現代に取り残された妖精そのものである。
「ミソラ、早く起きてくれないか?じゃないと、準備が出来ないんだが……」
アサヒがあきれながら言うと、その声にミソラはふっと目を覚し、
「ふぇ?アサヒにぃ……。もう朝なの?ちょっと早くない?」
と目をこすりながら少しだけ子供みたいにぐずった。
「全然早くないし、もう日暮れだぞ?って、そうじゃなくって、早くバイクから降りてくれないか?もう時期、ひと雨来そうなんだが……」
「ふぇ?こんな所で野宿するの?と言うより私はまだまだ眠いのです……」
「おい、だから寝るなって。もう時期、雨が……」
アサヒが言い終わる前に、ぽつりと降って来た1粒の水滴が、寝返りを打つミソラの頬に当たった。と思いきやその途端、雨水の独特な臭いとほぼ同時に、辺り一面を激しい雨が襲い、近くの空では雷が鳴る。
「ふぁぁぁ!雨降って来た!最悪だぁ!おにぃ、なんで教えてくれなかったの!」
「だから、さっきからずっと……」
「早くどこかに避難しないと……。わぁぁぁ!」
ミソラはすぐに席から飛び起きると、頭を手で覆いながら、野宿しようと思っていた雑居ビルの方角へ急いで走っていく。
「まったく、あいつって奴は……」
ミソラのそんな後姿を見ていたアサヒは、もう一度あきれたように嘆息すると、バイクの荷ほどきを手早く済ませ、彼女の後を追うことにした。