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裏切り者

 少女が逃げ込み、身を隠したの部屋は、ホテルの最上階にあったスイートルームの一室だった。


 その部屋は、他の寝室より一回りほど広く、インテリアもしっかりと揃っている。


 しかし当然、何年もの間、人の手が入っていないため、内装はひどいものだ。


 白い壁は剥がれ、内側のコンクリートはむき出しで、壊れた椅子やら机やらの家具はすべて隅の方に、横なぎに倒れている。



 心地の良い環境とは言えない、スイートルームに咄嗟に逃げ込んだ少女は、扉からちょうど死角になる、部屋の壁の陰に、身を凝らしながら隠れることに下。


 この部屋に奴らが入ってくれば、一瞬でばれそうな位置だが、どこか別の場所に隠れるという余裕は少女にはなかった。



 しばらくすると、部屋の外から、少女を探す赤狼の足音と、話声が聞こえて来た。


 少女は、速く鼓動する自分の胸に、手を当てながらじっと息を潜める。



 赤狼の男達は、建物の最上階にやって来ると、事前に示し合わせたように、各、通路に散開しては、部屋を1ずつ虱潰しに捜索を始めた。



「お譲ちゃーん!出ておいでー。痛くしないからさー!」


 赤狼の1人が、声を荒げながらそう言う。



 ――私はいったいどうすれば……。


 このまま奴らに見つかるのは、時間の問題だ。


 かと言って、このまま大人しく捕まった所で、待っているのは考えるだけでも悍ましい結末だ。



 もう他に手は残されてない。



 少女がそんなことを思いながら、じっと壁に背をつけて息を飲んだ時だ。その時だ。


 扉のない部屋の外の通路に、赤狼の男がついにやって来た。


 男は苛立ちのためか、「糞野郎……。なんで俺がこんなことを……」と小言を吐き、持っていた煙草に火をつけ、そのまま小銃を、少女のちょうどいる部屋の中に乱射して見せる。


「ひっ!」


 銃声が部屋の中で反射し、男が放った弾丸は、向かい側の壁を穴だらけにした。


 それは、男にとって偶然の範疇だっただろうが、至近距離で銃を放たれた少女は、思わず声を上げてしまった。


 少女の悲鳴を聞いた男は、にたぁーと笑い


「おぉ、ヒナタお嬢ちゃん。みぃーつけたっ!」


と不気味な笑みを浮かべ、部屋にずがずがと入って来る。



 男と目が合った瞬間、ヒナタと呼ばれた少女は恐怖のあまり後ずさりを始めた。


「おい、お前達、獲物を発見したぞ!」


 その男の声で、続々と他の部屋を探していた、赤炉のメンバーはここに集まってくる。


「お嬢ちゃん……。いや、早狩コミュニティの代表の娘。シジマ・ヒナタ。俺達のボスがお待ちかねだ。黙って俺達について来てもらおうか……?」


 部屋の隅まで後ずさりしたヒナタは、目の前の男に向かってキリっと睨みつける。


「ムラカミ!どうして、こんなことをするの!みんな、あなたのことを信じていたのに!この裏切り者!」


 頬を赤くして、目を少し潤ませたヒナタは、ムラカミと呼んだ男に向かって、叫んだ。


 だが、ムラカミと言う男は、そのヒナタの叫びに、げらげらと腹を押さえて笑い始めた。


「お前ら、聞いたかよ?俺のこと、裏切り者だってよ……」


 続いて、周りに居た2人の赤狼の男達も笑い出した。


「な、いったい何が可笑しいのよ……?」


 ヒナタがそう聞くと、ムラカミの笑いはふっと消えてなくなった。


「お前、ムラカミさんがコミュニティの仲間だって、本気で信じていたのか?」


「もしそうなら、早狩の住人はとんだ間抜け野郎だな……」


 ムラカミの後ろに居た男達は、また笑いだす。


「……どういうことなの?」


 ヒナタの問いかけに、ムラカミは腕をまくってある紋章を見せた。


 それは、赤狼である証。赤い狼の焼き印だ。


「そんな……。あなたも、あの赤狼のメンバーだったなんて……。私達をずっと騙していたの……?」


 顔の表情が青ざめていくヒナタを見た、、ムラカミはふんっと、小馬鹿にするように鼻で笑う。


「3年前、俺はお前達のコミュニティの近くで、生き倒れた振りをした。そして、お前達に救われ、少しずつ信頼を築いていったんだ。すべては、この日、お前達を裏切るためにな……!」


 にっと不気味に笑うムラカミの呼吸は、徐々に荒々しくなっていく。


「お前達の信頼を勝ち取るには、随分と苦労させられた。だがな、俺は、お前たちの仲間なんかじゃない。俺は、初めから、赤狼のメンバーだ!キャラバンを襲わせたのも、すべて計画の内だったんだよ!」


 ムラカミはそう言い終わると、「あぁ、もう我慢できねぇ……」と言い捨て、自分のズボンのベルトを外し出す。


「おいおい、ムラカミさん。ボスに怒られますよ!」



「さすがに商品を傷物にするのは、まずいんじゃないですか?」


 後ろに居た2人の赤狼は、にたにたと、あざ笑いながら口に言うものの、ムラカミの行為を止める様子はなかった。


「うるぇよ!お前達も後で回してやるから、俺が終わるのを黙って見てろ!」


 怒号を上げたムラカミは、もう一度部屋の隅で、怖がるヒナタに向き直る。


「ヒナタぁ!俺はな、この時が来るのをずっと待っていたんだ!お前みたいなクソ生意気な女をいたぶりながら、犯すこの日をずっとな!」


 ズボンを完全に脱ぎ捨てたムラカミは、床に腰を付いたヒナタに、そう言いながら迫ろうとした。そして、再びにっと笑い、


「さぁ、俺が、お前のことを、たっぷりと満足させてやるぜ……!」

と言って、ヒナタに手を伸ばす。



 ――誰か、助けて……!



 ヒナタが目をつぶって、心の中で強く叫んだその時だった。


 ドドドドン!といくつもの小型爆弾が炸裂する爆発音が、部屋の上から響いた、かと思いきや、白いコンクリ―トの天井が、数個の小さな瓦礫の塊となって落ちて来た。


 すぐに、部屋中は白い砂煙に包まれ、何も見えなくなる。


「げほげほ……!」


 埃を吸い込んだヒナタは、何度か咳払いした。


 するとしばらくして、白い部屋の空間の中、3発の銃声と、男達の叫び声が聞こえて来た。


 いったい目の前で何が起こっているのか、想像もつかないヒナタは、壁の隅で縮こまり、身構えていると、


「怪我は、ないか……?」


 突然聞き覚えの無い男の声が、そっとヒナタに向かって囁かれた。




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