ホテルの入口にて
ホテルの入口前で、少女は、膝に手を当てながら、深く深く呼吸した。
奴らから、ここまで走って逃げて来た。
そのため、自分の足はまるで化石のように重く、全身酸欠状態のためか、力が全く入らなかった。
この場所は、少女の暮らすコミュニティから、そこまで距離があるわけでもない。
だが、外にあまり出る機会がない少女にとっては、未知の世界だ。
そして、すぐ背後からは、まるで追い詰めた獲物を狩るように、銃器を持った男達が迫ってきている。
彼らは野盗だ。しかも、近年全国的に勢力を拡大している、『赤狼』の下っ端だろう。
少女を追いかける男達は、誰もが、よれよれの黒のレザージャケットに、手製の銃器を持っていた。
「なあなあ、お嬢さんよー。俺達、赤狼に目をつけられて、逃げられると、本気で思ってんのかなー?」
「さっさと、観念して方がいいんじゃないのー?」
赤狼のメンバーがそう言うと、1人がそのまま小銃を構えて、腰撃ちをするが、少女には当たらない。
これは、ただの挑発だと言うことが、少女にはすぐに分かった。
「ねえねえ、お嬢さんよー。いい加減、観念してくださいませんかねー?お前は、大切な交渉材料だ!殺しはしないからさー!」
赤狼の男は、そう言いながら、再び小銃の引き金を引いた。
――殺しはしない。
赤狼の言葉は、到底信用できるようなものではなかった。
赤狼は、目的推敲のためなら手段を問わないことで有名だ。
彼ら赤狼は、元をたどれば、この国で勃発している西と東の内戦の脱走兵や敗残兵を中心に組織されている。所謂、ならず者集団である。
赤狼の連中は、理念も信念も持ち合わせてはいない。あるのは、この世界で自らの欲望をただ満たすことだけだった。
そのためには、彼らは略奪や強姦、はたまた、殺しなんかを平然な顔で行う。
聞く話によれば、赤狼の諍いによって、壊滅を余儀なくされたコミュニティもあるそうだ。
赤狼に目をつけられたら最後、骨の髄までしゃぶりつくされる。
「だ、誰が、あなた達なんかに、捕まったりするものですか!」
少女は、迫りくる赤狼にそう叫ぶと、目の前に建つホテルの中に入って行った。