JSバッハによろしく~愛のある保護活動編~
英字ロゴのパーカーにクラッシュデニムの小学生が音色に息を吹き込む。
小浜風雅は駅前でリコーダーを吹いていた。曲目はカノン。注意深く聞けば素人離れしたアレンジに気づくだろうが、ほとんどの大人は何の関心も示さなかった。
物好きか変態が、たまに小銭を落としていくだけで、仮想通貨の損失を取り戻すにはまだ時間がかかりそうだった。
「まだ音楽なんてやってるのかい」
テンガロンハットの少女が、風雅の前に立った。すらっとした長い足をミニスカートから惜しげもなく晒している。風雅と同じクラスの愛音。小学五年生だ。
「……、ガールズバンドは売れるとお前が言ったんじゃないか」
苦々しい顔の風雅を前に愛音は飄々と肩をすくめる。
「バンドっていうのは、ボーカル、ギター、その他諸々が必要なんだ。風雅だって知ってるだろ」
風雅はリコーダーを手慣れた様子で分解し、掃除をしてからランドセルに仕舞った。
「オレはその手の知識に疎くてな。愛音の方が詳しそうだが」
「ボクが? 馬鹿言うなよ。音楽なんてクソの役にも立たないもの知るわけないだろ。そんなことするくらいなら豚野郎のケツでも舐めてた方がまだマシだね」
スマホ片手に音楽を冒涜する愛音だったが、ランドセルには使い込まれたリコーダーが突き刺さっている。
二人にはそれぞれ音楽家の魂が宿っていた。
風雅には家族思いで倹約家の音楽家が。愛
音には浪費家で自信家の音楽家の魂が、それぞれ住み着いていた。
「それにきょうび、音楽をまともに聴いてる奴なんかいないって」
愛音が捨てられた地下アイドルのチラシ拾って名残り惜しそうに言った。それを見た風雅は己を鼓舞するように発言する。
「聴かせるんだ、聴衆に。そのためには金がいる」
「そう言うと思って、いい儲け話を持ってきた」
「またか。お前の持ってくる話は水素水とか、情報商材とか変なのばっかりだ。この間の仮想通貨だって……」
「まあ話だけでも聞いてくれ。今回は元手がかからない上、尊い命まで救えるんだぞ」
「条件次第だ。歩きながら話そうか」
女子小学生二人はビジネスの話に没頭しつつ、夜の街に消えた。
二人が訪れたのは、高い塀に囲まれた古い一軒家だ。中からけたたましい犬の鳴き声がする。
「ここか」
「そうとも。ついてきたまえ」
愛音は門を軋らせ、断りもなくに家に侵入した。風雅も後に続く。二人は入ってすぐ鼻を押さえた。
「うっ、ひどい臭いだ。それに足下に気をつけろよ」
家の中は真っ暗で、スマホの明かりで照らすと足の踏み場もないほど汚れていた。壁は動物がつけたような傷跡が無数に走り、腐りかけたドッグフードが散乱していた。
「むっ、人の気配! 隠れるぞ、風雅」
背後に物音を聞きつけた二人は散開して身を潜めた。
愛音は階段裏、風雅は覆いのかかった荷物の陰でやり過ごそうとする。
上手く隠れたつもりだったが懐中電灯の明かりが旋回し、愛音の頬を照らした。大柄の警官が愛音を見下ろしていた。どうやら巡回中、風雅たちを見かけて後を追ってきたらしい。
「そこの君、ここで何をしてる?」
「ボクは怪しいものではありません。捨てられた犬たちを転売して一儲けしようと思っただけです」
あっ、という失態を認めるような愛音の情けない声が風雅にも聞こえた。
「なあにい!? さては悪質なブリーダーの一味だな。署で話を聞こう」
警察官に連行される最中、愛音はずっと風雅を呼び続けたが、風雅はずっと気配を殺して隠れていた。
一人になった風雅は覆いを取る。覆いの下のケージには衰弱した犬が何匹も寄せ集まっていた。どの犬もひどく怯えた目で風雅を見ている。
この家では悪質なブリーダーが劣悪な環境で犬を飼育し、放置したのだと風雅は悟った。愛音はどうせ捨てられた命なのだからと金に変えようとしたのだろう。
「こんなことだろうと思った。命を救うにしてももっとやり方があるだろ、馬鹿め」
風雅は悪態をつきながらスマホを片手に、パパに連絡を取った。
「あ、パパ! 風雅だよ⤴︎。お仕事お疲れ様♡ 風雅今、お外にいるんだ。それでね、ちょっとお願いがあるの♡♡♡」
それから数月後、とある大型インテリアショップで犬の譲渡会が開かれた。
主催者の小学生の働きの甲斐あって、全ての犬に新しい飼い主が見つかった。
小学生は魔法の笛で人を呼び集めたとかいないとか。めでたしめでたし。