<挿話> アリスの告解 ①
R15-発動中
残酷な描写有-発動中
公妾が、第三王子擁立派を増やす為、自分の代わりに、様々な貴族にハニートラップ等を仕掛ける女性を、どの様に作ったか?という話です。
【胸クソ】と言われる部類になるかもしれません。
ご注意くださいませ。
父が亡くなり、母と私が喪に服していると、その男はやってきました。
テーブルに、一枚の借用書を置く。
「ほら、ここに、ちゃあんと、あんたの旦那の署名がある。間違いなく本物だ」
そこには、信じられない額が記されていました。
王都に納めなければならない税金分を補う為、父は、この男から金を借りていたのだった。
「旦那が死んだところで申し訳ないんだが、儂も、慈善事業じゃないんでね。金を返してもらいたいんだ」
父が用意できなかったお金を、私達が、どうにかできる訳がない。
母と二人、考えあぐねていた所で、男はヒヒッと笑って言った。
「金が用意できないんなら、娘を貰うよ」
母は、私の肩に置いた手に、力を込めて、頭を振った。
「なぁに。平民の娘を娼館に売るのでさえ、色々、手続きが厄介なんだ、貴族の娘なんて、とてもじゃないが売れやしない」
母は、安心した様にため息を吐くきました。
しかし、この男は、もっと酷い事を、我が家に強要したのです。
「お嬢さん。あんたには、儂の嫁になってもらうよ。ヒヒッ。ほら、ここに、結婚許可証も用意している。これに、署名してくれるだけで、借金は帳消しだ。ヒヒッ。どうだい。いい話だろ」
母は、私を見ます。
貴族の娘として、例え借金の形という理由でも、結婚の体裁を取れるならば。とでも言いたげでした。
母にとっては、私よりも、家名が大事だったのです。
私は、署名するしかありませんでした。
翌日の朝、教会で受理されますと、男は、祝杯をあげました。
「ヒヤァハッハッ。馬鹿な母娘だ。これで儂も伯爵様だ。貴族様の仲間入りだ」
夫は、ワイン瓶の首を握り、デキャンタもせずワイングラスに注ぐと、ステムを、シミの浮いた、ずんぐりした手で握って飲みました。
一杯飲むと、何か足りぬとばかりに、扉の前で立っている私の元へ来て、腰を抱き
「気が利かん奴だな。ご主人様が飲んでるんだ。酌の一つもするもんだ」
夫の背は、私よりも低い。それを夫は気に入らないようでした。
「けっ。背ぇばかり伸びやがって、さぞや、いいもんばっか食ってたんだろうなぁ」
そう言いますと、私を乱暴にソファに座らせ、お酌を強要されました。
夫は始終、私を商売女の様に扱いました。
若いメイド達は、身の危険を感じ、辞めて行きました。
祖父の代から仕えてくれた執事も、老いを理由に辞めました。
代わりに、夫の部下だという野卑な男達が、我が物顔で闊歩する様になりました。
その人達を持て成すのも、私の仕事になりました。
ただ、そんな男達でも、私の年老いた夫が怖いのか、私には無体な事をしませんでした。
母は、自室から出てこなくなりました。
美しかった屋敷は、みるみる荒んでいきました。
後から解った事ですが、夫こそ、この男達の誰かに、領地から得た税収を横領させ、我が伯爵家を窮地に追い込んだ張本人でした。
領地より二ヶ月以上も運河を渡り、王都へ到着いたしました。
流石の夫も、王都にある伯爵家の邸宅の維持費は払っている様でした。
ドレスを新調し、荒れた手を隠す為の手袋をはめ、化粧をし、王宮のパーティーへ出席いたします。
鏡の中の私は、10も老いた様でした。
夫の目的は、この王宮でのパーティーに出席する事でした。
我が伯爵家を乗っ取った様に、またどこかの家を自分の物にしようとしていたのだと思います。
夫の目的は、果たせられませんでした。
それはそうなのです。
逼迫した家であるならば、そもそも領地を離れ、王都になど来る旅費もありません。
それに、夫の様な不作法な男に、近づく貴族などいるわけもありません。
パーティーも序盤のうちに、夫もそれに気づいた様でした。
「時間の無駄だ!帰るぞ!」
そう言って、私の腕を引っ張り、誰もいない回廊をズカズカと歩いていると、
「もし、ラメー伯爵様。少々、お待ち下さいませ」
侍従に、声をかけられました。
夫が怪訝な顔をして、侍従の方へ振り向きました。
侍従は、夫に何やら話しておりました。
先ほどまで、怒りに吊り上げていた眉が、みるみるうちに垂れ下がり、口元にいやらしい笑みを浮かべておりました。
私を回廊に取り残したまま、夫は、侍従に案内されるまま、どこか奥の方へと案内されて行きました。
回廊の柱に身を寄せていると、
「もし、ラメー伯爵夫人。どうぞ、こちらへ」
と、侍女に声をかけられました。
案内されるまま部屋へ入っていくと、なんという事でしょう。
国王陛下の公妾であらせられる、アデライード=ヴァロワ男爵夫人がおられました。
そうして、思いもしないお言葉をかけて頂きました。
「何か、困った事になってらっしゃるのではなくて?」
王子を御産みになっても、まだ若々しく、美しい男爵夫人の悲深いお言葉に、最早、枯れ果てたと思っていた涙が止めどなく溢れだし、全てを吐き出していました。
「そう。やっぱりそうだったのですね。・・・では、あの男には消えて頂きましょう」
恐ろしい言葉を聞きました。
驚いて、顔を上げると、優しく微笑まれ、すくとお立ちになりました。そして、侍女から小さな小瓶を受け取られると、
「ねぇ。ラメー伯爵夫人。貴方は自由になりたいのでしょう。侍従に命じて、あの男には、たらふくお酒を飲ませてあるわ。きっとお水を欲しがる筈よ。これを男に飲ませなさい。そうすれば、貴方は自由になれるの」
私の手に小瓶を握らせますと、ヴァロワ男爵夫人は、大広間へと帰っていかれたのです。