古典劇【花妖姫】
『人魚姫』の森版的な話です。
異世界に『人魚姫』の物語があると不自然なので・・・
<第一幕>
森の中の一角。オアシスの様に、鈴蘭の群生する野原がある。
荷馬車が一台、闇夜にまぎれ野原の前で停まった。
荷馬車には、男が5人乗っており、4人の男達が、苦しそうに唸っている、立派な服を着た男を担ぎ、野原へと放り捨てた。
「な、何故?」
「清廉潔白な坊ちゃんよりも、弟君の方が、我々の気持ちを汲んで下さるんだから仕方ない。坊ちゃんは、ここに一人で来たんだ。そして、鈴蘭を食って死んだんだ」
激しい頭痛の中、男は、荷馬車が去っていく蹄の音を聞き、意識を手放した。
鈴蘭の野原には、沢山の鈴蘭の妖精がいた。
その中の一人が、脂汗をかき、苦しそうに唸る男の傍に近寄る。
「まぁ、なんて美しい人なのかしら」
彼女の名は、ミュゲ。
今年の春に意識を得たばかりの若い妖精。
ミュゲは、一目で若者に恋をした。
「ああ、こんなに汗をかいて、なんて苦しそうなのかしら」
ミュゲは、若者の額に手を伸ばし、若者の血流を巡る、自身の本性に宿る毒素を、指先から吸い上げた。
「ああ、美しい人。ずっと、傍にいたい・・・」
ミュゲは、若者に口づけようとしたが、馬車の音が響き、沢山の人間の声も聞こえた。
ミュゲは姿を隠す。
「見つけたぞ」
という、声がして、若者は、連れ去られた。
<第二幕>
貴族の屋敷。
婚約者の看病によって、若者=伯爵は、目を覚ます。
<第三幕>
若者による弟や、その仲間への断罪
<第四幕>
若者は、婚約者の献身に感動し、結婚式を早める事を取り決める。
<第五幕>
鈴蘭の野原。
ミュゲは、去っていった若者を思い、ため息を零す。
「あの人に、もう一度お会いしたい」
人間との恋など叶うわけがない。と諭す、仲間たちの言葉も、ミュゲには届かない。
仲間の一人が言う。
「森の王ならば、何かできるかもしれない」
<第六幕>
森の奥深く、昼なお暗い場所。
大樹に宿る、森の王の座する場所。
「男の傍にいたいから、人間になりたいだと?何を馬鹿な事を。さっさと、野原に戻り、季節を巡らせよ」
森の王は、厳しくミュゲを叱責したが、それでも諦めない。
ついに、森の王は折れ、
「そのように乱れた心も持つならば、季節をうまく巡らせる事もできぬだろう。良いだろう。人間となり、愛しい男の元へ行くがいい」
王は、ミュゲの背中の羽根を引きちぎる。
「これは、季節を巡らす為の道具。人間となるお前には不必要な物だ。返してもらうぞ」
ミュゲは、一際、高い声で叫ぶ。彼女の最後の悲鳴。
「餞別に、男の元へ送ってやろう。お前は、男の家の小間使いとして、手を荒らし、寒さに震えて暮らすのだ」
<第七幕>
若者の屋敷のメイドとなったミュゲ。
美しい伯爵を見つめる。
しかし、伯爵は、ミュゲには目もくれない。
「あなたを助ける為、毒を吸い取ったのは私だ」と、言いたいのに、声が出ない。
目の前で、婚約者の献身を誉め称え、結婚の話を詰めていく二人。
わが身を顧みれば、重い身体を引きずり、自分を潤す為の水は、冷たく刺さり、自分を揺らす風は、身を引きちぎる。
ほんの数日の間に、ミュゲの皮膚は荒れ、くすんでいった。
<第八幕>
メイドに与えられた私室の窓から、外を眺め、頬を涙で濡らすミュゲ。
かつての仲間の姿が見える。
森の王からの伝言。
「人間でいる事の苦しさを、身をもってわかっただろう。森に帰るがいい」
仲間たちも、帰る様に、口々に言う。
帰れるならば、帰りたい。
伯爵と婚約者の、仲睦まじい姿は見たくない。
「その代わり、お前が助けた男は、殺さねばならない」
森の王の伝言は、続いていた。
「お前の涙と血を瓶に詰め、口移しで男に飲ませなさい。血と涙と唾液の混じった液体は、そのまま、鈴蘭の毒となり、男を殺すだろう」
<第九幕>
伯爵の寝室に忍び込むミュゲ。
その手には、小瓶が握られている。
本当なら、この男は野原で、間違いなく死んでいた。
死者を殺すのだ。
ためらう必要は何もない。
ミュゲは、ベッドで眠る若者に、顔を近づける。
「・・・できない。私にはできない。この美しい若者を殺すことなんて」
ミュゲは、小瓶に入った液体を、自ら飲み干す。
そして、うずくまり、亡くなった。
<再終幕>
寝室で、目覚める伯爵。
ふと、床を見ると、萎れた鈴蘭と小瓶が落ちていて、その周囲が濡れている。
主人を起こしにきた執事に、掃除をさせる様に指示する。
~Fin~
シモンを殺せなくてすみません。
書いてたら、これだけで一話分になってしまいました。
次の話では必ず。