011 許し難いが、署名させました <レイモン>
R15 警報発動
残酷な描写あり 警報発動
R18ではないと思うけど………
シモンは、ふらふらと後ずさり、来客用ソファの背もたれにぶつかる。
そのまま背もたれの頂点に腰かけ、レイモンを指さす。腕が震えている。
「わ、私を廃嫡する・・・なんて・・・正気ですが・・・ち、父上は、シュバリィー辺境伯家を潰す気ですか!?」
レイモンは、獲物を前にした獰猛な熊の様に、眉を吊り上げ、シモンを射殺さんばかりに眼を見開睨み続ける。もし、本当に獣であったならば全身の毛が逆立っていただろう。
「このまま、お前を嫡男としておく方が、よほど危ういわ!私が知らないとでも思っているのか!!」
シモンは怯んだ。
「な、何を言って・・・」
シモンの悪行は、レイモンの耳に届いている。
レイモンは、棚に立てかけてある報告書の束を、執務机の上にドサリと置いた。
「お前の女性遍歴の報告書だ。16から3年間。よくもまあ、これだけの御令嬢や御夫人を毒牙にかけたものだ。第十親衛隊長だと。聞いて呆れるわ!」
何故、こんなろくでなしに育ってしまったのか・・・
シモンは、影で『ダイヤモンド宰相』と呼ばれた、先代のクレマン大公に酷似している。
その称号は、仕事の完璧さだけの事ではない。プラチナブロンドの髪に白い肌。冴え冴えとした青い瞳。触れれば切れそうな、ある種の冷たささへ感じさせる容姿の為だ。
第三王子が、シモンを取り巻きに加えたのも、先代クレマン大公似の彼の顔を気に入ったからではないか?と思う。
その証拠に、第三王子の取り巻き達は、皆、顔だけは良い。
そして、彼等は、自分達の美貌と地位・立場を最大限に利用し、彼等を恋慕う令嬢達を、令嬢の方から関係を求めた様に誘導し、用意周到に破瓜してきたのだ。
破瓜された令嬢の親もまた、監督不行き届きを問われるのを恐れ、口を噤むしかない。
貴族の、結婚前の令嬢が、破瓜されてしまっては、最早、まともな家への結婚は出来ない。
持参金と共に格下の令息に嫁ぐが、勘当され平民になるか、修道女になるか・・・概ね、そんなところだろう。
御夫人などは、更に簡単だったようだ。
子供さえ作ってしまえば、政略で結婚した男などより、真実の愛を求めるという事が、社交界の常識だという風潮もある程だ。
実際、国王の公妾のアデライード=ヴァロワ男爵夫人は、ヴァロワ男爵自身が差し出したというきらいはあるが、その風潮を後押ししている。
何より陰惨なのは、彼等の男爵令嬢に対する仕打ちだ。
子爵以上の貴族であれば世襲している貴族が殆どであろうが、男爵家はそうとも言えない。
高位貴族の子弟の場合もあるが、平民からの格上げも十分にある。
例えば、商人。生半可でない額を、国庫に納める事により王の認可を受ける、所謂、ブルジョア男爵である。
彼らはまだいい。妻も子も、王都に度々足を踏み入れ、貴族との付き合いも実践で学ぶ事ができる。
問題なのは、領主に代わって領地を治める領地管理人や村長、役人等から男爵になった者の娘である。
彼らは、実務の即戦力として、領主からの推薦を受け叙位されるが、その者達の中には、王都はおろか自分の産まれ育った田舎から出たことが無い者もいる。
当然、その者達の娘も同じだ。父親の叙位が決まってから、家庭教師をつけてもらい、一通りの事は学ぶのだろうが、時間が足りなさすぎる。
田舎から出てきて、王都の、ましてや社交界の雰囲気に呑まれない者は、まずいない。そんな山出しの娘を、彼等は、「誰が破瓜するか」を賭けていたという。
新しく男爵令嬢となった娘に、身分の細かい事は解らない。口説かれ、誘惑されれば、愛されていると思い込む。結婚相手として請われれば委ねてしまうだろう。
しかし、今の社交界で、彼等を糾弾すべき法は無い。本気になってしまった男爵令嬢の無知こそが罪なのだ。
シモンが関係を持った女性の名前を上げ連ねていくと、シモンは、顔を朱に染め、最後の反撃に出た。
「ク、クレマン大公がなんと仰るか」
「何故、ここでジルの名前が出てくる?」
ジル=クレマン大公。
まだ、年若いが国の宰相を務めている。
先代のクレマン大公が引退された後、弱冠25歳で国の中枢をまかされる。
子供の頃から勉強熱心で、自らの立場を理解し、見識を深めていた。
若すぎる重責に、成り代わろうとする者もいたが、彼以外に『ダイヤモンド宰相』の後釜を務められる様な人材はいなかった。
それに比べ、自らの息子は、女と乳繰り合う事しか頭になかったのではないか?と、思う。
「私を廃嫡するなんて、クレマン大公家に対する裏切りだ。母が亡くなっている今、どんな弊害が・・・」
「あるというのだ?」
シモンが口をぱくぱくさせる。
「何の弊害があるというのだ?考え違いをしている様だが、廃嫡を提言してきたのはジルからだ。・・・甘いと言われようが、お前がロザリーの子供である為に惜しんでしまった。それに、あのジゼル嬢と出会ってからは、お前も慎んでいたからな」
散らばった報告書を揃え、机の上でトントンとまとめる。
「では、どうして・・・」
まとめた報告書を、机にバンッ!と叩きつけ、立ち上がり、シモンを睨みつける。
「女性の事を、当たり前に【人形】などと言う輩を跡継ぎになんぞできるか!!!」
ここに、一つの誤解があった。
レイモンは、まさかジゼルがオルガの事を【人形】だとシモンに言った事を知らなかった。
シモンは、父が譲り受けたのが、メイドだという事を知らなかった。
「女性?」
シモンは怪訝な表情をした。
「ちょ、ちょっと待ってください。女性とは何の事です?」
シモンは取りすがって聞いてきた。
何を今更、言っているのだろう。
「トーマ子爵家でメイドをしてた少女だ。二日前に16になったばかりでね。領主館に来る前に、やっと結婚許可証が発行された。あとは署名するだけだ」
「・・・父上、もしや再婚されるのですか?」
「これしか方法が無いからな。シュバリー辺境伯夫人ならば、誰にも手出しはできん」
報告書を棚に直しながら、最早、廃嫡する事を決めた息子に、今更、何を説明しているのだろうと、レイモンは自嘲した。
突然、シモンは、床に正座をし、腕をつき、頭を床にこすりつけた。
「父上!!ジゼルは私に、父上に『お気に入りの人形をあげた』と言ったのです。決して、私が女性を【人形】だと思っているわけではありません。どうか、どうかお許し下さい。心を入れ替え、シュバリー辺境伯軍の新兵として、身を粉にして働きます。ですから、どうか、どうか廃嫡だけは・・・」
信じられるわけがなかった。
ジゼル嬢も馬鹿ではないだろう。
もし、シモンに『レイモンに人形をあげた』などと言えば、私の弱みを握ったとばかりに、シモンが駆けつけて来る事ぐらい予想できそうなものだ。
そして、【人形】の正体が、生きた人間を示している事をシモンが知れば、妖精よ。花妖姫よ。と、崇められている彼女が、人間を【人形】と称している事に気づかれるではないか。
それでも、茶番に付き合う事にしたのは、目的の遂行と、息子の更生のきっかけを模索した結果だ。
「本当に、ジゼル嬢が【人形】だと言ったのか?」
「はい。父上。本当です。誓って、私が称したわけではありません」
レイモンは大きくため息を吐いた。
それにしても、シモンのこの無様さはどうだ?
何故ここまで懇願する。
先程までの気迫が微塵も感じられない。
どうやら、どうしても、非情にはなりきれないようだ。
この甘さが、いつか命とりになるかもしれない。
「いいだろう。お前がオルガの婿となる事を条件に、廃嫡は取り消す。但し、私が許可する迄は【白い結婚】を貫く事。腐りきった性根が戻るまで、自由は一切ないと思え!」
レイモンは、無記名の結婚許可証を取り出し、執務机に置く。そして、シモンの方にペン立てを移動させると、サインを促した。
シモンは、少し困惑した表情を浮かべたが、大人しくペンに手を伸ばした。
「いいか。【白い結婚】はいつでも無効にできる事を忘れるな。もし、少しでも意に沿わなければ、今度こそ、即座に廃嫡する」
シモンは、震える手を、もう片方の手で押さえ、サインを終えた。
「明日の昼に城塞に来い。中の礼拝堂で結婚式を行う。あそこにいる全ての人間が証人だ。・・・逃げるなよ」
「かしこまいりました」
シモンはもう、全てを受け入れたようだった。
もうかなり、夜も更けていたが、レイモンは城塞邸に帰る手筈を整えていた。
客人に、この成果の報告をせねばならなかったからだ。
シモンにも、一緒に帰るかどうか尋ねたが、かなり疲労困憊していた様なので、明日の昼までに来る。という言葉を信じ、帰路についた。
帰りの馬車の中で、ふと『シモンが従者を連れていた』という報告を思い出し、王都邸からは、そんな報告が届いていない事の違和感を感じたが、そのままにしておいた。
つ、疲れた。
もう、お解りでしょうが、婿様は、シモンです。
女の敵です。
美形キャラだけど、殺しちゃっていいよね。
ダメでも、次回、殺っちゃいます。