009 メイドでしたが、従者にしました <シモン>
汗血馬を走らせて、従者のシルヴァンと共に、シモンが故郷であるシュバリィー領へ帰って来たのは、休暇届けを出してから10日後の事だった。
城塞都市。
高い塀を張り巡らせた前線の領である。入出をするにも、門番の兵に誰何される。
シモン=シュバリーの証であるタグさえ見せれば、兵はすぐにかしこまって敬礼し、門をくぐる事ができるが、いちいち身元証明のタグを見せなければならないのは、気分が悪い。
自分の事だけを言っているのではない。商人などの様に長く旅してきた者が、何度も堰き止められるのは、流通の弊害ではないか?と、考えている。
領の門と市街地に至る為の門の2つの城門をくぐった時点で、シモンは、父がいるであろう城塞邸に行く気にはならなかった。
城塞内の邸宅は、兵・下士官・士官の寮の別棟にあり、父の将軍としての執務室としての色合いが濃い。
それに対し、農地と市街の間にある領主館は、領主としての邸宅であり、私の部屋もこちらにある。
ジゼルの父親から貰ったとかいう人形遊びに夢中になっていなければ、こちらの屋敷に帰ってくるだろう。
馬車を、屋敷アプローチに停めると、従僕が出てきた。
「申し訳ございませんが、只今、主人は留守にしておりますが・・・お約束をなされておいででしたのでしょうか?」
「自分の家に帰るのに、約束なんかするか。いいから、さっさと馬車の中の荷物を運べ」
従僕がおろおろしていると、館管理人のアンドレが出てきた。
「シモン様。お帰りなさいませ」
従僕は、馬車の扉を開けてトランクを運び出す。
反対側の扉を開けて出てきたシルヴァンが、シモンに付き従う。
「シモン様。そちらの方は?」
「私の従者のシルヴァンだよ。ああ、そうだ。父上は今日、こっちに帰ってくるんだろう?」
「はい。そのように承っております」
「じゃあ、話があるから帰ったら知らせて。それから、疲れたから夕食は自室でとるよ。シルヴァンも一緒に取るから2人分用意して」
「かしこまりました」
シモンは、母が亡くなり、13で学校に入学してから、一度もこちらには帰ってきていない。
それでも、あの頃は、大きすぎたベッドも、座ると足がつかなかった文机も、今なら丁度いい大きさになっていた。
メイドにワインを持ってこさせる。
「あの、シモン様。本当によろしかったのでしょうか?」
「何が?」
シモンは、自室の本棚に置いてある本の一冊をパラパラとめくりながら答える。
「何がというか、その・・・」
シルヴァンは俯き、もじもじとお尻と太腿の境目を隠す様にしきりに触る。ヒップラインがくっきりと見えているのが恥ずかしい様だ。まぁ、単に腰の大きさが見えるだけなら、そういうドレスもあるが、自分の足の形を晒しているのだから、裸で歩いている様な感覚なのかもしれない。
「ああ」と、本をパタンと閉じて、本棚に戻す。
「大丈夫。よく似合ってるよ」
「そうではなくて、あの・・・」
シモンは、シルヴァンの背中に手をまわして抱き寄せ、静かに唇を重ねた。
「私が大丈夫だと言ってるんだから、シルヴィは黙って私の傍に立ってればいいんだよ」
抱きすくめて、頭をぽんぽんと叩く。
シルヴァン・・・ではなく、シルヴィは、従者ではなくメイドだ。
後ろ姿が、ジゼルとよく似ている。
王都にあるシュバリィー邸で、2年前から部屋メイドとして雇っている。
彼女の存在に気づいたのは、ジゼルと初めて会った日の翌日。シルヴィは、私がいる事に気づかず、書庫の掃除を始めたのだ。
ジゼルと同じ様な、明るいブロンドで、ゆるいウェーブがかった髪がふわふわとはねる。違うと解っていても声をかけてしまった。
彼女の後ろ姿にジゼルを重ねるだけで良いと思っていたが、レアンドルがジゼルに口づけをしたと聞いた夜、抱いた。
分不相応な望みを喚けば、金をやり適当な平民男でも見繕えばいいと思っていたが、彼女は弁えており、冗長する事はなかった。
今回、あの父と対峙するのだ。自分の所業を棚に上げ、うるさい小言を言ってくるに決まっている。
領内の娼館を使っても良いが、父に掌握されている様で腹が立つ。
シルヴィなら、後ろ姿にジゼルを感じられる事ができるし、大分、身体もなじんできた。丁度良かったのだ。