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008 花妖姫を見つけましたが、横からかっさらわれました <シモン>

シモン=シュバリィーは、ひたすら汗血馬を走らせていた。

王都のワロキエ近衛隊への入隊後、初めて長期休暇届けを提出し、父の領地に向かう。


彼の警護対象であり、王立ワロキエ学校時代からの友人であり、更には、現国王ジャン=クリストフ=ワロキエ国王陛下の第三王子であられるレアンドル=パンティエーヴル伯爵の、【最愛の女性】であるジゼル=トーマを乗せた船が、王都の門を潜ったのは、予定より一日遅れての事だった。

殿下は、自らの護衛である第九親衛隊と、私が隊長を務める第十親衛隊の両隊の隊員を全員招集し、

「あと一日待って帰ってこなければ、事故にあったとみなし迎えに行く」

と、息まいているところだった。


門番からの連絡を受け、王都での子爵邸に殿下と共に向かう。


トーマ子爵領から王都までは、およそ5日はかかる。

元々の子爵領のままならば、王国を網の目の様に張り巡らされた運河を使ってでさえ、2ヶ月はかかる距離だったが、“殿下からの贈り物”として領地替えをしたのだった。殿下はとしては、日帰りの距離への領地替えを談判したそうだが棄却された。

今回の、子爵の領地帰還は、それに伴う処理を行う為である。

いかに会えない間寂しかったといえど、長旅をして帰ってきた女性の家を訪れ、休む間を与えないのはいかがなものか。とも思ったが、私自身も、早くジゼルに会いたいという気持ちを抑えきれなかった。



とある伯爵家にて行われたお茶会で、風に揺れるパンパスグラスの様な、明るいブロンドの髪を、ふわふわと風になびかせているジゼルを、最初に見つけたのは、私ではなかっただろうか。

私の横を、不意に通り過ぎた、甘やかな香り。

殿下の御供として訪れている手前、迂闊に声などかけられなかったが、目を離す事ができなかった。

自分の後をついてこない私の為に、戻ってきた殿下は、私の視線の先を追い、そして、ジゼルを見留めたのだ。


動けない私と違い、殿下の動きは素早かった。

ホストである伯爵夫人に声をかけ、夫人と共に椅子に腰かけるジゼルの元へ迎う。

伯爵夫人の呼びかけに、ジゼルはお茶をテーブルの上に置き、そして、母親に抱かれご満悦になっている赤子の様な笑顔を殿下に向けた。


殿下にしろ、私にしろ、女性経験が無いわけではなかった。

学生の頃から、シュバリィー辺境伯の嫡男だとか国王陛下の第三王子という身分に釣られて、身持ちのよろしくない夫人や令嬢が、躍起になって誘惑してきた。


初めこそ得も言われぬ快感に“恋”と勘違いしないでもなかったが、

1年も経つ頃には、令嬢も、夫人も、娼婦と何も変わらなかった。

いや、娼婦の方が、せがまれるのがお金だけな分、楽だった。

それに比べて、この時のジゼルの無垢な笑顔は、魂まで蕩けそうだった。


殿下がジゼルを「【最愛の女性】にする」と公言したのはわずか8日後の事である。

『花妖姫』を観劇し、ジゼルを子爵邸へ送り、殿下を王宮へと送り届ける馬車の中、

「私は、ジゼルに口づけをしたよ。これ以上の事は結婚するまでするつもりはないけどね。他の女達とジゼルは全く違う。シモンもジゼルが好きだったんだろう。ジゼルは誰にも渡さない。だから私は、ジゼルに【最愛の女性】の称号を贈る事にしたよ」

この時は、身体中の血液が沸騰するかと思った。

ジゼルの唇を堪能した殿下に憎しみさえ感じた。

しかし、ジゼルが選んだのが殿下であるなら、私は近衛隊として殿下とジゼルに仕えようと改めて誓った。



執事に案内され、玄関ホールで待っていると、ホライズンブルーに白いレースをあしらったワンピースを着たジゼルが現れた。

「お待たせしてしまってごめんなさい。レアン様」

ソファに座っていた殿下は、ジゼルに向かって歩を進め、覆い被さる様に抱きしめる。

私は慌てて二人に背を向けた。

「ジゼル。ジゼル。心配していたんだ。事故にでもあったのではないかと・・・」

「レ、レアン様。苦しい」

ジゼルが、殿下をぽんぽんと叩く音が聞こえる。

「こめんなさい。レアン様。お父様のお仕事が遅れてしまったの。ね。お願い。少し、力を緩めて。苦しいの」

ジゼルにそう言われ、殿下はジゼルの背中に回した腕の力を緩めた様だ。

彼女が、細く、長い息をついている。

普通ならジゼルの為のお茶を運んでくるであろうメイドも、入室して来ない。


やがて、思い出したかの様に、

「トーマ子爵に渡さなければならない物を持ってきたんだ、ジゼルちょっと待っててね。シモンもここにいて。すぐ戻るから」

そう言って、まるで自分の家の様に案内もつけずに、子爵の執務室の方へ向かった。


ジゼルと二人きりになった。

平常心を装っていたが、内心ドキドキが止まらなかった。

メイドが、僕とジゼルの為のお茶を運んできた。

不意に、ジゼルが小さくクスクスと笑いだす。

何がおかしいのだろう。

意味が解らずジゼルの方を向くと、にっこりと笑って

「あのね。お父様のお仕事が遅れたのは急なお客様が来られたからなの」

と、言った。

「ねぇ。シモン様。どなただと思う?」

私に聞くということは、私の知人なのだろうか?

だが、全く心当たりがない。

考え込んでいると、ジゼルは体を曲げて、私を下からのぞき込む。

真面目な顔で考えている私の顔が可笑しかったのだろうか。

再びクスッと笑い、意外な答えを言った。

「あのね。シュバリィー将軍が来られたの。シモンのお父様よね?うちの領地に旅行に来られてたんですって。偶然、私達家族が帰ってると知って挨拶に来られたみたい」


はぁ?

何故、父が自領を離れて・・・そして、こともあろうにトーマ子爵領へ行ったのだ。

意味が解らない。母が亡くなって以来、領には帰ってないが、あの父が、命令以外で、他領へ行くなんてありえない。王都にさえ、一体、何年来ていないんだ。


「あのね。お父様がね。私に黙って、私のお人形をシュバリィー将軍にあげてしまったのよ。酷いと思わない?・・・でも、とても喜んでいらしたから、可愛がってくださっていると思うわ」


は?

人形?喜ぶ?なんだそれは?

それは本当に私の父か?


「シモン様のお話から、どれ程恐ろしい方なのかと思ってたけど・・・フフッ」


思わず、だらしない顔をしてしまった。

だが、顔が元に戻らない。

しばらく会わない内に、父はどうなってしまったのだ。



その後の晩餐は、散々だった。

40を過ぎた筋骨隆々の熊の様な男が人形遊びをしている図。

想像したくもないのに、脳裏を過る。


「まったく、この私の恋人の父親の領地が、王都から運河を使ってさえ5日もかかる場所にあるなんて・・・大体、トーマ子爵は、この10年、様々な貴族の不正を摘発し、男爵から子爵へ叙位された有能な人物でもあるというのに、先祖の恩恵に胡坐をかいている無能な貴族達などに配慮なんかせず、父はもっと正しく評価すべきだ」

殿下は、ジゼルと2週間以上会えなかった事がよほど気に入らないらしい。


トーマ子爵の執務室で、何を話していたかは分からないが、どうやら、軍人もしくは伯爵以上の貴族のみに所持を認められる汗血馬の4頭立ての馬車を、トーマ子爵家に、贈る為の手続きをしていたらしい。

「ジゼル。今度からは領地に帰るのに2日もあれば着くからね」

「嬉しいわ、レアン様。私も貴方と会えない間とても寂しかったもの」

青緑の瞳をキラキラさせて、ジゼルが、はずんだ声で殿下に語りかけ、うっとりと見つめる。

その様を、胸にチクリとした痛みを感じながら眺めていたが、あの日は、あの父の行動が気になって仕方なかった。


言葉使いって難しいなぁ。

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