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ターン1

 王国歴253年

 その惨劇に、前触れはなかった。

 羊の群れを眺めながら草笛を吹く牧童。大木を切り出す木こり。凧を掲げて街中を走る子供。そして賢君と名高い王のいる王城。これまであたり前のように営まれ、これからも続くと思われた穏やかな日常は突如として破られた。

 城や、城下の至る場所の地下から、異形の者たちが湧き出て生きとし生けるものを牙にかけたのだ。

 王国の騎士達は果敢に異形の者達に挑んだ。しかしその数は夥しく、勇敢な騎士達はそのほとんどが帰らぬ人となった。

 こうして二百五十年もの長きに渡り栄華を誇った王国はたった一晩で滅びた。

 僅かに生き延びた人々は、王都を離れ、森や岩山に隠れ住むようになる。だが数を増やし続ける異形の者たちの魔の手は、命を繋いだ彼らにも迫ろうとしていたのである。

 今や風前の灯火となった民の命を救い、王国の栄華を取り戻さんとする若者が現れる。

 それは死んだと思われていた末の王子だった。

 騎士の一人がその命と引き換えに、王子を城から逃したのである。王子は生き延びた仲間を集め、祖国を取り戻すための果てなき戦いに身を投じるのだった――



「こんな……はずでは……こんなっ!!」


 アーサーは自分を庇って鋭い爪で裂かれた幼馴染の骸を抱いて慟哭した。

 彼は同じく逃げ延びた幼馴染や護衛の騎士たちとともに、祖国の復興を胸に誓い、密かに活動を続けていた。生き残った王国の騎士や魔法使いたちを探し始めて半月。

 ようやくグレダの森に逃げ延びた騎士達がいるという情報を手にし向かった。その先で待ち受けていたものが……まさか森に潜んでいた異形の者達による襲撃とも知らず。


「アラン! クリス! ザック、ウィル!!」

 

 血まみれで横たわる、仲間達に必死に呼びかける。しかし誰一人として返事を返すものはなかった。

 蠢くのは醜い異形の魔物ばかり。

 不気味な叫び声をあげて、魔物達が一斉にアーサーに襲い掛かった。

 アーサーは血に滑る手で剣を握る。その刀身は半ばで切断されていた。


「はっ、ははっ。ここまでか」


 胸を抉る灼熱の痛みを最後に、アーサーの意識は途切れた。



 ――はずだった。



「アーサー! 喜べ。グレダの森に潜伏している騎士がいるらしいぞ!」

「ウィル? お前、どうして……」

 

 アーサーは呆然として、目の前の金髪の幼馴染を見た。

 ウィルはアーサーをかばい、目の前で命を落としたはずだ。


(こ、ここは!?)


 アーサーは愕然としてあたりを見渡した。そこはグレダの森の中ではなかった。眼下に広がる広大な平野と森。一日前に目にした光景だ。


「良かったですね、アーサー王子」

「早く探しに行きましょう」

「クリス……ザック……」


 周りには、死んだはずの仲間の姿。


(……戻った?)


「どうしたアーサー、嬉しすぎて言葉も出ないか?」

「アラン」


(戻った! グレダの森に向かうあの日に! 戻ったんだ! ああ、神よ。感謝いたします)


 アーサーは奇跡に涙し、誓う。


(もう、誰も死なせない!)



※※※※※



「うふ、うふふふふ。やっとプレイできる。ミキューネ王国戦記!」


 真里はゲームのパッケージに頬ずりして、不気味な笑い声をたてた。

 パッケージには赤い髪の凛々しい若者を中心に、騎士や魔法使い、可憐な神子が描かれている。


「はあー、セオ様! かっこいい。ムービーの動いてる姿もかっこ良かったけど、イラストもかっこいい。もう最高」


 真里は赤い髪の王子アーサーの右上に描かれた、渋い中年の騎士の絵を撫でた。たまたま目にしたネットの広告動画で、剣を振るうセオに一目惚れしたのは一月前のこと。購入を決めたゲームの発売日をこれほど長く感じたことはなかった。

 セオの役どころは、滅亡したミキューネの副騎士団長。アーサーが幼い頃から剣を教えていた人でもある。

 密かに逃げ延びていたアーサーとグレダの森で運命的な再会を果たし、王国の再建を目指す。とキャラ説明に書かれていた。

 真里はいそいそと、ソフトをセットする。今日は金曜日。食材の買い出しは終えている。これから二日二晩ゲームを堪能するために。


「えー、なになに、イージー、ノーマル、ハード、ベリーハードまであるのか。まあ、ノーマルでいいかな」


 真里はゲームが好きだが、上手いとは言えない。ACTは無限1UPで残数を溜めてからでないとクリアできないし、STGはコンティニューを繰り返す。RPGはとにかくレベルを上げてからボス戦に挑まないと勝てない。それでもイージーモードを選ばないのは、ある種の意地だった。


「ノーマルでスタートっと。名前はデフォルト」


 美麗なOPに見惚れ、セオが出れば歓声をあげる。

 そうして始まったゲームは――


「セオ様が出る前に全滅した……。え、なにこれ、難しすぎない?」


 セオ達が隠れている森に探しに入り、敵の群れに襲われてあっという間に全滅である。おそらく敗因は、早くマップを横切りたいがあまり、隊列が伸びたこと。先頭を行く騎士から敵に囲まれボコボコにされた。この手のゲームは、自ターンが終わる前に、防御力の高いキャラを前に出すか、敵の移動範囲外に死んだら駄目なやつを退避させないといけなかったのに。


「セオ様に会いたいがために、急ぎすぎたわ。よし、もう一回」


 真里は嘆息し、誓う。


「次こそは、アーサーだけはなんとしても生かしてクリアし、セオ様に会う!」

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