笑顔のわけ
「ごちそうさまでした!」
照ちゃんに感謝を込めて挨拶をする。シチューを5杯食べるのを目標にしていたが途中で考くんに止められてしまって3杯で終わってしまった。3杯食べ終わった辺りで限界を迎えかけていたので止めてもらえてよかったかもしれない。
「もうお風呂沸いてるから好きな時に入りなさい」
「ありがとう」
「2人で入ってもいいわよ」
食器を洗っている照ちゃんが言う。小学生の頃は入ってたし付き合ったんだからそれもありかもしれない。
「入らないに決まってんだろ」
即答する考くんに思わず小さな声で反応してしまう。
「え?入んないの」
「入るわけないだろ」
考くんはちょっと顔をしかめている。このままだと2人で入ることをすごく望んでるみたいに思われて、えっちな子だと思われてしまうかもしれない。キスをせがんだ時点で手遅れかもしれないけど。顔の前で手を振って違うという事をアピールする。
「わ、分かってたよ!もちろん冗談だから!」
「じゃあ俺から入るから」
そう言ってキッチンから出ていく考くんを見送る。
「孝一恥ずかしがってるのよ、ごめんね」
食器を洗い終わったのか手を拭いて私の前の椅子に座る。
「あー、そうだよね」
「もう優ちゃんも実感してるのね」
考くんの部屋でキスした後になにもなかったり、私が寝てる時に起きても、多分だけど何もされたりした感じはないので奥手だという事はよくわかった。
「優ちゃんはどっちかというと愛情が激しいタイプでしょ」
ずばり言い当てられてしまう。なんだで分かるんだろ。
「多分・・・でも考くんにだけだよ!」
「優ちゃんは本当に可愛いわね。私が男ならすぐに手を出すわ」
「そんなことないよ、私は良い所なんて全然ないし」
「過小評価は良くないわよ。優ちゃん、昔言ったこと覚えてる?」
「ごめん、覚えてないや」
昔っていつくらいの事だろう。照ちゃんは優しく笑いながら話し始める。
「ふふ、あのね自分に良い所が無いって思うなら、自分の良い所を見つけてくれる人を探せばいいの。自分を好きになれないなら自分を好きになってくれる人を探せばいい。そうすればいつか自分の事も自然と好きになる」
「それいつ言ったの?」
照ちゃんがすごくちゃんとした事を言ってる。それなのに忘れるはずがない。
「えーっとね、小学生の9歳の頃かな」
「照ちゃん流石に覚えてないよ」
難しくて意味もまだ理解できてない気がする。
「そうよね、まだ小学生だったもんね」
「でも照ちゃん、良い所も好きな人も見つけてくれるよな環境じゃなかったらどうしたらいいの?」
つい自分の生まれ育った環境の事を言ってしまう。
「そうね、そんな人が現れるまで耐えるしかないのかもしれない。優ちゃんだって孝一が現れるまで耐えたでしょ?」
「うん、耐えた」
記憶にある限りで5年くらい耐えた。毎日の様に学校でも孤児院でもいじめられて、親に捨てられた自分には、すがるものが一つも与えられていなかった。そんな時理由は分からないけど考くんが助けてくれた。なんで助けてくれたのか聞いても今も教えてくれない。
「そうでしょ、私も広司さんに出会うまで耐え続けて、今は自分の事が広司さんくらい好きよ。広司さんが好きになってくれた自分を自分で愛せないなんて広司さんが一番可哀そうだしね。だから優ちゃんも孝一が好きになった優ちゃんを愛してあげて。今は無理かもしれないけどいつか孝一がなんとかしてくれるはずだから」
頭を撫でながら子供に諭すように話してくれる。自分を愛すなんて感覚は全くわからない、頭も悪いし、ちびでわがまま、それなのに嫉妬深くて強欲で、嫌な所ばかりだ。考くんの顔に傷つけたのも短絡的で、明日になれば後悔に変わっているのは分かり切っている。でもまた自分を安心させるためにやってしまう。自分を傷つけるのは考くんが止めてくれたのに、自分は考くんを蹴り飛ばして本当にとんでもないやつだ。改めて考えるとどうして考くんが好きでいてくれたのか分からない。
「考くん告白の時もこのままの私が良いって言ってくれたんだけど、なんで好きでいてくれるんだろ」
「うーん、好きに理由なんてないと思うけど、孝一がさっき言ってたみたいに笑顔が好きなんじゃないかな、他にも色々あるでしょうけど」
「笑顔かー」
「そうそう、こうやって口角を上げるの、にー」
そう言って照ちゃんは指で口角を上げる。なぜか分からないがその時の照ちゃんの顔がすごく魅力的に見えた。
「こう?」
自分も真似して口角を上げる。上手くできているか分からないが照ちゃんは満足そうに頷いている。
「うん、良い笑顔。でももうちょっと上げた方が良いかも」
「こうかな、にー」
「良いわね、バッチリ!」
照ちゃんは既に口角を上げるのを止めて親指を立ててバッチリと合図してくれる。そんなに良い笑顔なら考くんにも見てもらいたい。もっと好きになってくれるかもしれない。
「じゃあ、考くんに見せるために部屋で練習してくる!」
椅子から立ち上がって口角を指で維持したまま部屋に走って向かう。
「気を付けていきなさいよ、あとすぐにお風呂に入れる準備しときなさい」
「はーい!」
階段を駆け上がり、部屋の前に着いて両手が塞がっていて開けれないことに気づく。渋々片手を離して部屋に入ってドアを閉める。部屋の中に鏡がないか探すか見当たらない。仕方なくもう片手も離して自分のリュックの中を探ると、パジャマが出てきて準備をしておけと言われたのを思い出して下着とパジャマを取り出す。本命の鏡は一番底の方で眠っていた。机の下にパジャマを置き、鏡は机に立てて置くと幼い自分の嫌な顔が映る。京ちゃんみたいな大人っぽくて凛々しい顔が良かったなあ。
「いやいや、照ちゃんが言ってたじゃん、考くんは私の顔が好きなんだから」
そう言い聞かせ、見たくない自分の顔の口角を上げる。
「なんか違う」
照ちゃんが見せてくれたような魅力的な笑顔は作れない。もっと上げるのかな?口角をもう少しだけ引き上げる。いや、なんか違うなー。ちょっとの差で全く違うように見えてしまう。なんてやってるうちにいつの間にか夢中になって笑顔を作る練習をしていた。