痣の意味
彼女視点です、
目を開けるといつもの寮とは違った木目の天井が目に入り、慌てて体を起こす。隣を向くと考くんが寝ていた。そっか、ここは考くんの部屋なんだ。キスした後そのまま寝ちゃったのか。横向きですやすやと眠っている考くんの左の頬に触れる。
「夢じゃないんだよね・・・」
頬から手を離してまたベッドに横になって考くんの顔を見る。ちょっと前まで告白して泣いてたのが嘘みたいな幸せな時間を噛みしめる。考くんは私の事を好きって言ってくれた。だけど私が考くんの事を思うほど、考くんは私のことを思ってくれてないって学校の帰りに離していて分かった。
「どうしたらもっと好きになってくれるの?」
考くんに問いかけるようにささやく。すぐに好きになってくれないなら自己満足だが私の物と分かる何かが欲しい。考くんの顔を見ながら考える。物を取ってしまうとバレるだろうし、キスマークなんて付けようとしたら起きてしまうだろう。しばらく何かいい方法は無いかと考えていると1つ思いつく。
「そうだ、傷を付ければいいんだ」
そうしたら自分にだけ分かる印が作れる。体を起こしてどうやって傷を作るか考え始める。傷と言っても切り傷なんて今付けれないから痣にしよう。殴ればいいのだろうか蹴ればいいのだろうか、痣ができる威力なんてわからない。でも蹴った方が確実に作れるはずだ。もし失敗したら、また寝てるときにやればいい。そう決めて考くんの方に足を向けて寝転ぶ。蹴った後そのまま寝たふりをしていればバレないはず。
「考くんごめんね、本気で蹴らないから」
一言謝って右足に力を入れて頬めがけて蹴る。固い頬骨に当たった感触がしてすぐに涎を垂らして寝ているふりをする。
「いった!」
考くんの声が聞こえる。
「昔からだけど寝相悪いな」
見えないが足元で体を起こしたことが分かる。今日だけは寝相のせいではない。考くんが下に降りるか、また寝始めるまでこのままで居ようと思い待つが一向にどこかに行く気配がない。何をしているのかとうっすら目を開けると、私の足を真剣に見ている考くんが居た。あれ?バレたわけじゃないよね?じゃあなんで見てるんだろう。もしかしてえっちなことしたりするのかな?なんて考えてしばらく経っても何も起こらない。次第に考くんに見られている安心感と考くんの布団の匂いで眠くなってくる。気づいた時にはまた眠ってしまっていた。
「ううん」
目を開ける。いつの間にか眠ってしまっていたのか、体を起こそうと手足を動かそうとするがどれだけ力を入れようとも一切動かさせない。ただ首だけは動くので横を向くと考くんと私の母親が向かい合って座っていた。2人で何をしているんだろうと、見ていると顔を近づけ始めてキスを始める。突然の事に目を見開いて驚くがすぐに正気を取り戻して止めようと声を上げる。だけど手足と同様に声が全く出ない。その間にも2人のキスが激しくなっていく。やめて、考くんまで奪い取らないで。
何も出来ず見ていると2人は涎を垂らしながら口を離す。やっと終わったのかと安心すると2人は手を繋いで自分から離れていってしまう。必死に声を出そうとしていると
「また私を置いてくの!待ってよ考くん!」
体を起こして声を出した時には2人共いなくなっていた。
「はあ、はあ」
目を開けるてまた木目の天井を見上げるが今回はぼやけていた。息が上手くできないまま体を起こすと考くんの布団を手で握りしめていて、夢だったんだと安心する。足元に居るであろう考くんの方を向く。
「あ、あれ?嘘でしょ?」
考くんが居なくなっていた。すると途端に涙が流れだす。夢で見た様に何処かに行ってしまったと思い、飛び起きるように体を起こして考くんの部屋から飛び出る。階段まで走り抜けると階段の下に考くんが居た。早くいかないとまた消えてしまう、そんな不安がよぎって階段を走り降り考くんの胸に飛び込む。そのまま2人共廊下に倒れこみ背中を打ったのか、
「がはっ」
という断末魔が聞こえてくるが、そんなことより自分の手に触れている考くんの体は夢でも何でもないことに安堵して涙が溢れ出る。
「優ちょっと避けてくれない?」
「うう、ひぐ、う、ひぐ」
一瞬拒絶されたのかと感じるが次に出た考くんの言葉でそうではないのだと分かる。
「大丈夫?どっか痛めた?」
自分の下敷きになっているにも関わらず優しく心配してくれる。
「ち、ちがう、また考くんが居なくなる夢見て、うう」
胸の中から顔を上げて考くんの目を見て、
「考くんは私を捨てないよね?どっかに行っちゃわないよね?」
面倒くさい女だなんて思われたくないが不安からつい聞いてしまう。
「大丈夫だよ、優のこと捨てないよ」
そう言うと優しく私の頭を撫でてくれる。昔から泣いたり拗ねたりするといつも撫でてくれた。頭を触られてるだけのはずなのに安心して心が温かくなって涙が止まる。
「あんた達なにやってんの!」
考くんのお母さんの照ちゃんが扉から顔を出していた。
「あー、優が走って降りてきて足を滑らせたんだ」
考くんが誤魔化そうとしていることが分かって自分も続いて言う。
「シチューの良い匂いがするからつい降りてきちゃって」
シチューだと即座に分かったのは匂いのせいもあるが、照ちゃんも考くんの母親なだけあって優しいので、私が来る度に好物を作ってくれていたからだ。
「あら、そうだったの。大きな声出してごめんね。早くこっちにいらっしゃい」
嬉しそうな照ちゃんが消える。また考くんと2人になってさっきの言葉と頭を撫でてもらっただけでは足りなくなってしまう。キスしたい。
「優が降りてくれないと立ち上がれないんだけど」
「考くんキスしよう」
考くんの頬に手を当てると目立たない程度の痣に気づく。ちゃんと残ってる、考くんは私の物なんだ。もう自分の物だと思うと我慢できなくなってしまう。
「え?こんな」
考くんの言い出した言葉も無視して強引にキスをする。
「ん、ん」
突然されたことに驚いたのか考くんのくちからかすかな吐息が漏れる。押し返すこともできるだろうけど、そうされないことに満足して唇を離す。
「はあ、考くんはちゃんとここにいるんだね」
頬の痣を触って現実であることに恍惚となる。夢じゃないならもう安心だ。そう思って考くんの上から降りて手を差し出す。
「早くご飯食べに行こう」
安心しきったことでお腹が空いていることを実感する、考くんと早くシチューが食べたい。考くんは私の手を掴んでくれたのでそのまま引き上げてキッチンの方に引っ張るように向かう。中に入ると照ちゃんがもう座っていて3人分のシチューが用意されていた。
「2人共お昼ご飯食べてないからお腹空いてるでしょ、ほら早く座って食べましょう」
「そういえば食べてなかった!美味しそう!」
お昼は疲れて寝てしまって食べてなかったからお腹が空いてたのか。
「ほら、考くん早く座ろうよ」
立っている考くんに座るように促す
「ああ」
照ちゃんは考くんが座ったのを確認すると手を合わせる。
「じゃあ、いただきます」
「いただきます!」
「いただきます」
久しぶりのご馳走に思わず大きな声が出てしまう。用意してくれてあるスプーンを手に取って一口食べる。すごく懐かしい味がする。母親に捨てられた自分からすれば本当の母の味なんてわからないが、これが母の味というやつなのだろうか。
「すごく美味しい!やっぱ照ちゃんのシチューは最高だね」
「久しぶりに作ったんだけど喜んでもらえてよかったわ」
久しぶりに作ってこんなに美味しいなんて、作り方教えてもらおうかな。寮生活になってからたまに京
ちゃんとお弁当を作ったりして料理はちょっとだけできる。
「優ちゃんはこんなに素直なのに孝一はなかなか美味しいって言わないから」
「美味しいよ」
ぶっきらぼうに答える。考くんはきっと恥ずかしがってるんだろうなあ。
「はあー、心が籠ってないのよね」
「考くん恥ずかしがり屋だから」
「放っといてくれ」
考くんの顔を見ると頬がちょっと赤くなっていてさっきより恥ずかしがっているのが分かる。
「てっきりお互い恋人になるような好きじゃないと思ってたのにねえ、優ちゃんは孝一のどんなところが好きなの?」
すごく難しい質問をされてしまう。考くんの前で答えるのは恥ずかしいし好きな所なんてありすぎて困る。優しくてかっこよくて、包容力もあるし、可愛いところもあって。でもその中から強いてあげるなら、
「えっと、優しいところ」
私を幼いころから守ってくれていた考くんにはこの言葉が一番だと思う。
「優ちゃんは本当に可愛いわね、娘にしたいくらいだわ。ところで孝一は優ちゃんのどこが好きなの?」
照ちゃんの言葉に私がドキッとしてしまう。確かに好きと言われたがどこが好きかは言われていない。
「ほら、どこが好きなのよ」
照ちゃんが急かす。もし無いって言われたらどうしよう。そんな不安をよそに、
「笑った顔とか・・・」
考くんが照れながら答える。そっか私の笑顔が好きなんだ。
「中学生みたいな答えね」
「そんなに具体的にすぐ思いつかないんだよ」
「えへへ、笑顔かー」
思わず照れて変な声が出る。自分の具体的に好きな部分を上げてくれたことが思っていた以上に嬉しかった。それに京ちゃんも良く笑顔は褒めてくれるので取り柄がほとんどない自分の唯一の取り柄と言ってもいい。そこを考くんも褒めてくれるのはすごく嬉しかった。
その後は照ちゃんも気を使ってくれたのか、学校の話とか料理の話とかをした。2人で話してしまってたから考くんは暇そうに見えたけど機嫌は良さそうに見えたので私も楽しく照ちゃんと話した。